

医療機器の心臓部とも言えるプリント基板。
その実装工程には、一般的な民生品とは比較にならないほどの厳格な基準と、人命を預かる責任が伴います。
現在、医療機器メーカーのエンジニアや基板実装業者の担当者として、以下のような悩みをお持ちではないでしょうか。
・医療機器特有の規制(ISO 13485など)を基板実装レベルでどう解釈すべきか
・高信頼性を担保するための設計・実装上の具体的な注意点を知りたい
・最新のトレンドであるウェアラブル医療機器やAIデバイスの実装技術を把握したい
本記事では、医療機器向け基板実装における重要事項を網羅的に解説します。
この記事を読むことで、設計段階からのリスク管理、部材調達のトレーサビリティ、そして高度な検査体制まで、プロとして必要な知識を体系的に習得できます。
医療機器向け基板実装の定義と背景:なぜ「特別」なのか
医療機器向け基板実装(Medical PCBA)とは、診断装置、治療器具、モニタリングデバイスなどの医療用機器に使用されるプリント基板に電子部品を搭載するプロセスを指します。
なぜ医療機器の実装が他の分野と明確に区別されるのか。
その最大の理由は、故障が「利便性の損害」ではなく「生命への危機」に直結するからです。
1. 信頼性の基準:IPC Class 3の適用
基板実装の世界には、IPC(電子回路技術協会)が定めた世界標準の品質基準があります。
一般的な家電はClass 1、産業用機器はClass 2ですが、医療機器(特に生命維持装置など)は最高ランクのClass 3が求められます。
Class 3は、稼働停止が許されない、あるいは過酷な環境下でも安定して動作し続けることが求められる製品を対象としています。
2. 規制と規格:ISO 13485とQMS
医療機器の製造には、品質マネジメントシステム(QMS)の国際規格であるISO 13485の遵守が不可欠です。
これは一般的なISO 9001をベースに、医療機器特有のリスク管理や文書化、トレーサビリティの要求を強化したものです。
実装業者は、どのロットのどの部品がどの基板に使われたかを10年以上の長期にわたって追跡できる体制を整えなければなりません。
3. デバイスのクラス分類
日本国内では薬機法、米国ではFDA(食品医薬品局)により、医療機器はリスクに応じてクラス分類されます。
・クラスI(一般医療機器):極めてリスクが低い(例:電子手帳型の記録装置)
・クラスII(管理医療機器):リスクが比較的低い(例:電子内視鏡、超音波診断装置)
・クラスIII/IV(高度管理医療機器):リスクが高い(例:人工透析装置、ペースメーカー) クラスが上がるほど、基板実装に求められるバリデーション(妥当性確認)のハードルは高くなります。
医療機器基板実装の具体的な仕組みと設計・技術的注意点
医療機器向けの基板は、単に部品を並べるだけでは不十分です。
電気的安全性の確保、熱管理、そして長期的な耐久性を実現するための特殊な仕組みが必要となります。
1. 絶縁距離(クリーパージとクリアランス)の確保
医療機器の実装設計で最も神経を使うのが、電気的な安全規格であるIEC 60601-1への準拠です。
・クリーパージ(沿面距離):絶縁物の表面に沿った2つの導電部間の最短距離
・クリアランス(空間距離):空間を通じた2つの導電部間の最短距離 患者や操作者が感電しないよう、高電圧部と低電圧部の間に十分な距離を確保する必要があります。
実装密度を高めつつ、この距離をどう守るかが設計の腕の見せ所です。
2. 基板材料の選定
一般的なFR-4基板だけでなく、用途に応じて高度な材料が選ばれます。
・高Tg(ガラス転移点)材料:滅菌処理(オートクレーブなど)の熱に耐えるため
・低アウトガス材料:埋め込み型デバイスや密閉構造内でガスが発生し、接点不良を起こすのを防ぐため
・高周波基板:MRIや超音波診断装置など、微細な信号を扱う機器用
3. はんだ付け技術とボイド対策
BGA(ボール・グリッド・アレイ)などの部品下電極では、はんだ内部に発生する気泡(ボイド)が問題となります。医療機器では、ボイド率が一定以下であることが厳格に求められます。
これは、振動や熱衝撃によるクラック(ひび割れ)の起点となり、断線のリスクを高めるからです。
4. コンフォーマルコーティングとポッティング
湿気、体液、薬剤、あるいは洗浄液から回路を保護するため、実装後に薄い樹脂膜で覆うコンフォーマルコーティングが行われます。さらに高い保護性能が必要な場合は、ケースごと樹脂で固めるポッティング処理が施されます。これらは、絶縁性の維持と物理的な振動対策を兼ねています。
作業の具体的な流れ:医療機器基板実装の5ステップ
医療機器の実装は、以下のステップを経て、徹底した品質管理のもとで進められます。
ステップ1:リスクアセスメントとDFMチェック
実装を開始する前に、設計図面が「製造可能か(Design for Manufacturing)」を精査します。
・部品配置は検査装置の死角にならないか
・はんだ付け不良が起きやすいパターンになっていないか
・ライフサイクルが短い部品(生産中止予定品)が含まれていないか 医療機器は10〜20年といった長期供給が前提となるため、部品のディスコン(生産終了)リスクをこの段階で排除することが極めて重要です。
ステップ2:厳格な部品調達と受入検査
偽造部品(模倣品)の混入は絶対に許されません。
正規代理店からの調達を原則とし、入荷時には以下の項目を確認します。
・製造ロット番号、デートコードの記録
・MSD(湿度感度デバイス)の管理状態チェック
・X線検査や顕微鏡による外観確認
ステップ3:SMT(表面実装)プロセスのバリデーション
実装ラインの条件(リフロー炉の温度プロファイルなど)が適切であることを証明するために、バリデーション(IQ/OQ/PQ)を実施します。
・IQ(据付時適格性確認):装置が正しく設置されているか
・OQ(運転時適格性確認):規定の範囲内で装置が動作するか
・PQ(性能適格性確認):実際の生産条件で一貫した品質が得られるか 一度決めた条件は、原則として変更できません。変更する場合は再度バリデーションが必要になります。
ステップ4:多層的な検査工程
医療機器では、ヒューマンエラーを排除するために自動検査装置がフル活用されます。
- 3D-SPI(はんだ印刷検査):はんだの量と形状を3Dでチェック
- 3D-AOI(自動外観検査):部品の欠損、傾き、はんだ付け状態を高速検査
- X線検査:BGAなど目視できない箇所の内部構造を確認
- ICT(インサーキットテスト):基板上の電気的な特性を直接測定
- FCT(ファンクションテスト):実動作に近い環境での機能確認
ステップ5:トレーサビリティ記録の作成
完成した基板一枚一枚に対し、どのような工程を経て、誰が、どの装置で、どの部品を使って実装したかを紐付けたデジタル記録(eDHR:電子デバイス履歴記録)を作成します。
これにより、将来万が一不具合が発生した際、影響範囲を即座に特定できます。
最新の技術トレンドと将来性
医療機器業界は今、大きな変革期にあります。
それに伴い、基板実装技術も進化を続けています。
1. IoMT(医療モノのインターネット)とウェアラブル化
患者のバイタルデータを常時取得するウェアラブルデバイスの普及により、基板の小型化・軽量化・柔軟性が求められています。
・フレキシブル基板(FPC)の実装:曲げられる基板への高度な実装技術
・システム・イン・パッケージ(SiP):複数の機能を一つのパッケージに凝縮し、省スペース化を実現
2. AI搭載医療機器とエッジコンピューティング
診断支援AIを搭載した携帯型エッジデバイスが増えています。
これには、高い演算能力を持つGPUやAIアクセラレータの実装が必要となり、高度な放熱設計と多層基板実装技術が鍵となります。
3. ロボット手術装置と高速通信
ダビンチに代表される手術ロボットでは、遅延のない高精細映像伝送が求められます。
ここでは、信号の完全性(シグナル・インテグリティ)を維持するためのインピーダンス制御実装が極めて重要になっています。
4. 3Dプリンテッド・エレクトロニクス
将来的には、患者の体型に合わせたカスタムメイドの医療機器を作るため、3Dプリンターで回路を直接描画・実装する技術の実用化が期待されています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 民生品向けの実装工場でも医療機器の基板は作れますか?
技術的には可能かもしれませんが、推奨されません。医療機器にはISO 13485の認証や、厳格なバリデーション手順、長期的な記録保存が義務付けられています。これらに対応した体制(QMS)がない工場での製造は、法規制違反のリスクがあります。
Q2. 医療機器における鉛フリーはんだの扱いはどうなっていますか?
RoHS指令において医療機器は長らく適用除外となっていましたが、現在は段階的に規制対象となっています。ただし、信頼性が最優先される特定の高度管理医療機器では、スズウィスカ(結晶のトゲ)による短絡事故を防ぐため、鉛入りはんだの使用が許容されるケースもあります。
Q3. 試作段階から量産まで、どのような点に注意して業者を選ぶべきですか?
「試作と量産で同じライン、同じ条件を使えるか」を確認してください。医療機器はバリデーションが重要であるため、試作と量産で環境が変わると、再度膨大な評価が必要になるからです。
Q4. 部品の供給不足(半導体不足など)への対策は?
医療機器は設計変更に数年かかることが多いため、部品の代替品選定は非常に困難です。あらかじめ「セカンドソース(代替部品)」を設計段階で承認(バリデーション済み)しておくことが、リスク回避の鉄則です。
まとめ
医療機器向け基板実装は、単なる製造業の枠を超えた「生命を守るプロセス」です。
本記事で解説したポイントを振り返ります。
・IPC Class 3やISO 13485といった厳格な規格の遵守 ・絶縁距離、熱管理、ボイド対策といった高度な設計・技術力 ・調達から検査まで、全工程を網羅するバリデーションとトレーサビリティ ・ウェアラブルやAI化といった最新トレンドへの適応
これらの要素を高いレベルで統合することが、市場で信頼される医療機器を生み出す唯一の道です。
実装工程における一つのミスも許されないという緊張感を持ちつつ、最新技術を取り入れていく姿勢が求められます。






