
エグゼクティブサマリー
2026年現在、世界の受動部品産業、とりわけパワーインダクター市場において、かつてない規模の地殻変動が進行している。
本レポートは、「パワーインダクター戦争2026」と銘打ち、市場の覇権を握る日本のTDK株式会社(以下TDK)およびパナソニック インダストリー株式会社(以下Panasonic)に対し、急速な技術進化と垂直統合モデルを武器に猛追する中国のShenzhen Sunlord Electronics Co., Ltd.(以下Sunlord、順絡電子)の競争力と、それを採用する際に伴う多層的なリスクを包括的に分析するものである。
約117億ドル規模(2026年推計)に達する世界インダクター市場において、従来のフェライト巻線型から、より高電流・小型化に適した「メタルコンポジット(一体成型)」技術へのシフトが加速している。
この技術転換点は、AIサーバー(NVIDIA Blackwellアーキテクチャ等)の爆発的な電力需要と、電気自動車(EV)の高電圧化によって牽引されている。
Sunlordは、磁性粉末の自社開発という強力な垂直統合能力と「チャイナ・スピード」と呼ばれる迅速な開発サイクルをテコに、NVIDIAのAIサーバーサプライチェーンへの食い込みに成功し、AI関連収益を前年比73%増と急伸させている。
技術的には、TDKの「SPMシリーズ」やPanasonicの「ETQPシリーズ」といった業界標準に対し、Sunlordの「MWシリーズ」はカタログスペック上でほぼ同等の性能を達成しており、コストパフォーマンスにおいては圧倒的な優位性を持つ。
しかしながら、Sunlordの採用には重大な「採用リスク」が潜んでいる。
最大の懸念は、2024年に村田製作所(Murata)が上海知的財産裁判所に提起した特許侵害訴訟であり、これはSunlordの主力製品である積層および巻線インダクターの存続を脅かす可能性がある。
また、米中貿易摩擦の深化に伴うエンティティリスト(Entity List)への掲載リスクや、サプライチェーンの分断圧力も無視できない要素である。
本レポートは、これら技術的実力、市場ダイナミクス、法的・地政学的リスクを詳解し、調達マネージャー、エンジニア、投資家に対し、2026年における最適なインダクター調達戦略を提示することを目的とする。
第1章:パワーインダクター市場の構造変化と「2026年戦争」の背景

2026年のパワーインダクター市場は、単なる電子部品の需給調整を超え、国家間の産業競争力や経済安全保障が絡み合う戦略物資の戦場へと変貌を遂げている。
かつて「産業の米」と呼ばれた受動部品は、今やAIとEVという二大メガトレンドを支える「心臓部」としての地位を確立した。
1.1 グローバル市場の勢力図と断絶
世界のインダクター市場は、長らく日本企業による寡占状態にあった。
2025年から2026年にかけてのデータによれば、市場シェアの上位はTDK、村田製作所、太陽誘電、Panasonicといった日本勢と、台湾のYAGEO、Delta Electronics(Cyntec)が占めており、これらトップ企業群で世界シェアの50%以上を支配している 。
しかし、この統計的な支配構造の下で、中国市場を中心とした劇的なシェア変動が起きている。
中国は世界最大の受動部品消費地であり、世界シェアの50%以上を占める巨大市場である 。
この地場市場において、Sunlordは政府の「国産化推進」政策とEV産業の爆発的成長を背景に、日本勢のシェアを侵食し続けている。
表1:2026年時点における主要パワーインダクターメーカーのポジショニング
| 企業名 | 本社 | 推定世界シェア | コア技術・特徴 | 2026年の戦略的焦点 |
| TDK | 日本 | ~17% (首位) | 薄膜・積層・メタルコンポジット (SPM) | AIエコシステム全般、xEV向け高信頼性部品 |
| Murata | 日本 | ~13% | 積層セラミック技術の応用、高周波 | 通信(5G/6G)、小型化、知財権行使による市場防衛 |
| Cyntec (Delta) | 台湾 | ~10% | パワーモジュール、TLVR技術 | ハイパースケーラー向けサーバー電源 (Google/Meta) |
| Panasonic | 日本 | ~8% | 独自メタルコンポジット (ETQP)、耐振動 | 車載パワートレイン、産業機器、高信頼性領域への特化 |
| Taiyo Yuden | 日本 | ~7% | メタル系パワーインダクター (MCOIL) | 車載インフォテインメント、ハイエンドスマホ |
| Sunlord | 中国 | ~5-6% (急上昇中) | メタル一体成型、磁性粉末内製化 | 輸入代替、AIサーバーサプライチェーンへの浸透 |
この表が示す通り、Sunlordのシェアはまだ一桁台であるが、その成長率は競合他社を大きく上回っている。
特に注目すべきは、Sunlordが「ローエンドの置換え」から「ハイエンド(AI・車載)への挑戦」へと明確に舵を切った点である。
1.2 技術パラダイムシフト:フェライトからメタルコンポジットへ
「パワーインダクター戦争」の本質は、コア材料の技術転換にある。
従来のフェライト(セラミックの一種)を用いたインダクターは、透磁率が高い反面、磁気飽和(Magnetic Saturation)が起きやすく、大電流を流すと急激にインダクタンスが低下するという物理的限界を持っていた。
これに対し、現在主戦場となっている「メタルコンポジット(Metal Composite)」または「一体成型(Molded)」インダクターは、金属磁性粉末を樹脂で固めたコアを使用する。
- ソフトサチュレーション特性: 金属粉末はフェライトに比べて飽和磁束密度が高く、大電流印加時でもインダクタンスの低下が緩やかである。これは、瞬時に数百アンペアの負荷変動が発生するAIサーバーのGPU電源において決定的に重要な特性である 。
- 小型・高電力密度: 金属粉末の粒子間が実質的な「分散ギャップ(Distributed Air Gap)」として機能するため、エネルギー蓄積密度が高く、同じ性能であればフェライト型よりも30〜50%の小型化が可能となる 。
- 温度安定性: キュリー温度が高い金属材料を使用することで、150℃以上の高温環境下でも磁気特性を維持できるため、エンジンルーム内や高発熱のサーバー内部での使用に適している 。
2026年現在、このメタルコンポジット技術を制する者が、次世代エレクトロニクスの覇権を握ると言っても過言ではない。
TDKの「SPMシリーズ」、Panasonicの「ETQPシリーズ」、そしてSunlordの「MWシリーズ」は、まさにこの土俵で激突している。
第2章:技術的覇権の核心「メタルコンポジット」の深層
本章では、Sunlordが追随し、日本勢が死守しようとするメタルコンポジットインダクターの技術的詳細について掘り下げる。
単なるカタログスペックの比較を超え、製造プロセスや材料科学の視点から「実力」を評価する。
2.1 構造と製造プロセスの違い
メタルコンポジットインダクターは、あらかじめ巻線された空芯コイルを金型にセットし、その周囲に絶縁被覆された金属磁性粉末(鉄系合金など)を充填・加圧成型して製造される。
- TDKのアプローチ(SPMシリーズ): TDKは金属磁性粉末の粒子設計に強みを持つ。特に、粉末表面の絶縁層形成技術において卓越しており、高圧プレス成型を行っても絶縁層が破壊されず、渦電流損失(Eddy Current Loss)を極限まで低減している。これにより、小型でありながら大電流・低損失を実現している 。
- Panasonicのアプローチ(ETQPシリーズ): Panasonicは「Integral Molding(完全一体成型)」技術を極めている。特に車載向けでは、コイルのリード線自体を端子として利用する構造を採用し、内部接続(はんだ付けや溶接)を排除することで、断線リスクを劇的に低減している。また、独自の樹脂配合により、クラック耐性と耐熱性を高次元で両立させている 。
- Sunlordのアプローチ(MWシリーズ): Sunlordは後発ながら、製造設備の自社開発と粉末の内製化により急速にキャッチアップしている。特に、冷間プレス技術に超音波振動を組み合わせるなどの新しいプロセス研究(例:UVP-CP技術)にも積極的であり、高密度充填による透磁率向上とコアロスの低減を追求している 。
2.2 材料科学:磁性粉末の戦い
メタルコンポジットの性能は、使用される「粉(パウダー)」で9割が決まると言われる。
- Fe-Si-Cr(鉄・シリコン・クロム)系: バランスが良く、民生機器から車載まで広く使われる。Sunlordはこの領域でコスト競争力のある粉末を量産化している。
- Fe-Ni(鉄・ニッケル)系・アモルファス/ナノ結晶: より高周波・低損失が求められるAIサーバー向けには、アモルファス合金やナノ結晶材料が必要となる。Sunlordは、従来日本やドイツからの輸入に頼っていたこれらの高機能粉末の内製化に成功しつつあり、これが対NVIDIAビジネスでの勝因の一つとなっている 。
2.3 第三世代への進化:TLVRと結合インダクター
2026年の最先端トレンドは、TLVR(Trans-Inductor Voltage Regulator)である。
これは、複数のインダクターの二次巻線を直列に接続し、過渡応答速度を劇的に向上させる技術である。
GoogleやNVIDIAの最新サーバーアーキテクチャではTLVRが必須となりつつある。
Sunlordは、このTLVR用インダクターの開発においても、Delta Electronics(Cyntec)などの先行メーカーを猛追しており、デュアルワインディング構造の成型技術を確立し始めている 。
第3章:日本の巨人たち – TDK・Panasonic・Murataの防衛線
日本メーカーは、単なるスペック競争ではなく、「信頼性」「ソリューション力」「知的財産」という三重の防壁で市場を守ろうとしている。
3.1 TDK:AIエコシステムへの全方位戦略
TDKは2026年現在、世界最大のパワーインダクターメーカーとしての地位を維持している。
同社の戦略は「AIエコシステム市場」への集中である 。
- 技術ロードマップ: TDKは、薄膜技術と積層技術、そして巻線技術の全てを高レベルで保有する稀有な企業である。AIサーバー向けには、超小型・低背の「SPM-LRシリーズ」を展開し、電力変換効率の向上に貢献している。
- In Everything, Better: CES 2026で掲げたこのスローガンの下、TDKは単体のインダクターだけでなく、センサーや電源ICと組み合わせたモジュール提案を強化している 。
- 差別化要因: TDKの強みは材料の多様性にある。フェライトから金属磁性材料まで、用途に応じて最適な「微細構造」を制御する能力は、Sunlordがまだ完全には模倣できていない領域である。
3.2 Panasonic:車載信頼性の絶対王者
Panasonic Industryは、民生用コモディティ市場での価格競争を避け、高付加価値な車載・産業機器市場にリソースを集中させている。
- ETQPシリーズの優位性: Panasonicのメタルコンポジットインダクター「ETQP」シリーズは、業界で唯一無二の信頼性を誇る。特に、エンジンの振動に耐える「耐振動性(50G対応)」や、ヒートサイクルに対する耐久性は、競合他社が容易に追随できないレベルにある 。
- 構造改革: Panasonicグループ全体での構造改革が進む中、インダストリー部門は「AIインフラ」と「車載」を成長エンジンと位置づけ、高耐熱・高効率な製品群への投資を継続している 。
- 対Sunlord戦略: Panasonicは、スペック上の数値(インダクタンスや抵抗値)だけでなく、「2000サイクル以上の温度サイクル試験」や「長期高温放置試験」などの過酷な信頼性データを提示することで、欧米の自動車ティア1メーカーからの信頼を繋ぎ止めている。
3.3 Murata:知的財産権という鋭利な剣
村田製作所(Murata)は、積層セラミックコンデンサ(MLCC)での圧倒的シェアを背景に、インダクター分野でも高周波系や小型品で強い影響力を持つ。
- 法的攻勢: Murataの対Sunlord戦略の核心は「法廷闘争」である。2024年に上海で提起した特許訴訟は、Sunlordの市場拡大に対する明確な牽制球であり、中国企業に対しても中国国内の裁判所で堂々と知財権を主張する姿勢は、業界に衝撃を与えた 。
- 技術的焦点: Murataが主張する特許(ZL201310020785.4など)は、電子部品の基本的な構造や材料に関わるものであり、Sunlord製品の根幹に関わる可能性がある 。
第4章:挑戦者Sunlord(順絡電子)の全貌と実力
深圳に本社を置くSunlordは、2000年の設立以来、急速な成長を遂げてきた。
2026年、彼らは「フォロワー」から「リーダー」への脱皮を図っている。
4.1 企業プロファイルと財務パフォーマンス
Shenzhen Sunlord Electronics Co., Ltd.(002138.SZ)は、深セン証券取引所に上場する中国最大のインダクターメーカーである。
- 財務指標: 2025年後半から2026年初頭にかけての財務データによれば、SunlordのROE(自己資本利益率)は15.85%に達しており、過去10年の平均(11.13%)を大きく上回る高収益体質へと変貌している 。売上高も約9億3300万ドル(TTM)規模に達し、着実に10億ドルの大台(ビリオン・ダラー・クラブ)を目指している 。
- 成長ドライバー: この好業績を牽引しているのは、間違いなくAIサーバー向けの高付加価値製品と、中国国内EV市場の活況である。
4.2 垂直統合モデル:粉末から部品まで
Sunlordの最大の強みは、磁性粉末(Metal Powder)から最終製品までを一貫生産する垂直統合モデルにある。
- 材料内製化の意義: TDKなどの日本メーカーも材料を内製化しているが、Sunlordは中国国内のエコシステム(例えばBaosteel MagneticsやShandong Chunguangなどの粉末サプライヤーとの連携、および自社開発)を活用し、圧倒的なコスト競争力を実現している 。
- カスタマイズ能力: 粉末の組成(鉄、シリコン、クロムなどの配合比)を自社で調整できるため、特定の顧客(例えばHuaweiやNVIDIA)の要求スペックに合わせて、コアロス重視や直流重畳特性重視といったチューニングを数週間単位で行うことができる。これは、外部から粉末を購入するアセンブリメーカーには不可能な芸当である。
4.3 製造拠点と「チャイナ・プラス・ワン」
地政学的リスクへの対応として、Sunlordは中国外への生産拠点分散を進めている。
- ベトナム工場: 2023年に稼働を開始したベトナム工場は、2026年第1四半期にIATF 16949(自動車産業品質マネジメントシステム)の認証を取得する予定である 。これにより、欧米顧客向けに「非中国製」のタグが付いた車載部品を供給可能となり、関税障壁や調達リスクを回避する戦略的ハブとして機能している。
- キャパシティ拡張: 東莞(Dongguan)や深圳の拠点でも、AIサーバー向け専用ラインへの設備投資(増資)を行い、需要急増に対応している 。
4.4 製品分析:MWLAシリーズ vs SPMシリーズ
Sunlordの主力製品である「MWLAシリーズ」の実力を、TDKの同等品と比較検証する。
表2:技術仕様比較(4012サイズ / 1.0µH)
| 特性項目 | Sunlord (MWLA0412-1R0MT) | TDK (SPM4012T-1R0M-LR) | Panasonic (ETQP3M1R0KVN) | 分析・評価 |
| インダクタンス | 1.0 µH ±20% | 1.0 µH ±20% | 1.0 µH ±20% | 業界標準仕様で同等。 |
| 直流抵抗 (DCR) Typ. | 47 mΩ | 33 mΩ | 6.2 mΩ (※6mm角) | 同サイズ比ではTDKが低抵抗(約30%優位)。Sunlordはやや損失が大きい。 |
| 飽和電流 ($I_{sat}$) | 5.5 A | 6.4 A | 16.0 A (※6mm角) | TDKの方が高い電流を流せる。材料の飽和磁束密度に差がある。 |
| 動作温度範囲 | -55°C ~ +125°C | -40°C ~ +125°C | -55°C ~ +155°C | Panasonicは高温対応で圧倒的。Sunlordは民生・産業用としては十分。 |
| 構造 | メタル一体成型 | メタル一体成型 | メタルコンポジット (リードフレーム) | Panasonicは信頼性重視の独自構造。SunlordとTDKは類似構造。 |
※PanasonicのETQP製品は車載向けに特化しており、同等の4x4mm民生用汎用品との直接比較は難しいが、技術的な堅牢性は表れている。
技術的評価:
カタログスペック上、SunlordのMWLAシリーズはTDKのSPMシリーズに対して、DCR(抵抗値)や$I_{sat}$(飽和電流)でわずかに劣っている。
これは、TDKの方がより高度な粉末充填技術や、導体占積率の高い巻線技術を持っていることを示唆している。
しかし、その差は多くのアプリケーションにおいて「許容範囲内」であり、Sunlordが提示する価格(推定15-20%安価)を考慮すれば、コストパフォーマンスは極めて高い。
第5章:主戦場Ⅰ – AIサーバーとNVIDIAサプライチェーン
2026年のインダクター市場において、最も熱い視線が注がれているのがAIサーバーである。
5.1 AIサーバーの電源アーキテクチャ革命
NVIDIAのBlackwellやRubinといった次世代GPUは、チップ単体で1000Wを超える電力を消費する。
この大電力を効率よく供給するために、サーバーの電源供給ネットワーク(PDN)は劇的に進化している。
- 48V給電と多相VRM: 従来の12Vから48Vへのバス電圧移行に伴い、最終段の降圧コンバータ(VRM)には、極めて高いスイッチング周波数と過渡応答性が求められる。
- 部品点数の爆発: 1台のAIサーバーラックには、数百個から数千個のパワーインダクターが搭載される。GPU 1基あたり10〜20フェーズの電源が必要であり、H100/B200サーバーの量産はインダクターメーカーにとって特需となっている 。
5.2 SunlordのNVIDIAエコシステムへの浸透
Sunlordは、このAI特需の波に見事に乗った。
- 採用の実績: 報道および業界レポートによれば、SunlordはNVIDIAのAIサーバー向けインダクターのサプライヤーとしての地位を確立しており、関連収益を73%増加させた 。これは、Foxconn(鴻海)やWistron(緯創)といった、NVIDIAサーバーの製造を受託するODM(Original Design Manufacturer)との長年の関係が奏功した結果である 。
- 採用の理由: なぜNVIDIA/ODMはTDKではなくSunlordを選んだ(あるいはセカンドソースに加えた)のか?
- 供給能力: AIブーム初期、日本メーカーのキャパシティが逼迫する中、Sunlordは迅速に増産体制を敷き、リードタイムを短縮した 。
- カスタム対応力: ODM各社の基板設計に合わせた微調整(サイズ、端子形状など)に柔軟に対応し、評価時間を短縮させた。
- コスト: 膨れ上がるBOM(部品表)コストを抑えたいODMにとって、Sunlordの価格は魅力的であった。
5.3 競合状況:CyntecとTDKの牙城
もちろん、ハイエンド領域、特にプロセッサ直近の「TLVR」などの最重要部品では、依然としてDelta Electronics傘下のCyntecやTDKが支配的である。
Sunlordが獲得しているのは、その周辺の電源回路や、メモリモジュール用電源などの「準ハイエンド」領域が主であると推測される。
しかし、その領域だけでも市場規模は巨大であり、Sunlordの収益基盤を強固にするには十分である。
第6章:主戦場Ⅱ – 自動車電動化と信頼性の壁
AIサーバーと並ぶもう一つの柱が、自動車市場である。
ここでは「信頼性」が全てであり、Sunlordにとっては最も高い壁となっている。
6.1 AEC-Q200という入場券
車載部品には、AEC-Q200という厳しい信頼性試験規格への適合が求められる。
- Sunlordの取り組み: Sunlordは、CNAS認定を受けた自社ラボでAEC-Q200試験(熱衝撃、高温高湿、振動など)を実施できる体制を整えており、MWSAシリーズなどの車載製品群はすべてこの規格に準拠していると謳っている 。
- 実績の差: しかし、規格適合は「最低条件」に過ぎない。欧米のOEM(Tesla, VW, GMなど)は、規格以上の過酷な条件下での長期フィールドデータ(市場実績)を重視する。PanasonicのETQPシリーズは、20年以上にわたる車載実績があり、市場での故障率(FIT率)の低さが証明されている。対してSunlordは、車載分野ではまだ歴史が浅く、特にパワートレイン(駆動系)などの重要保安部品での採用には、OEM側も慎重にならざるを得ない。
6.2 インフォテインメントからパワートレインへ
Sunlordの車載戦略は、リスクの低い箇所から徐々に攻略する「トロイの木馬」方式である。
- コックピット・インフォテインメント: カーナビやオーディオなどの電源。故障しても人命に関わらないため、採用ハードルが低く、Sunlord製品が浸透しやすい。
- ADAS(駐車支援など): 駐車センサー用トランスなどで世界シェアトップを獲得しており、ここを足掛かりにパワーインダクターのクロスセルを行っている 。
- xEVパワートレイン(OBC/BMS): 最終目標。バッテリーマネジメントシステム(BMS)やオンボードチャージャー(OBC)向けに、高信頼性製品を投入し始めている。中国国内のEVメーカー(BYD, NIO, XPengなど)では既に採用実績があり、コストダウンを急ぐテスラなどの欧米メーカーへの採用を目指している 。
6.3 Panasonicの牙城
Panasonicは、この領域を死守するために「耐振動性」と「耐熱性」を極限まで高めている。
特に、リードフレームとコイルを一体化させた構造は、はんだクラックのリスクを排除するものであり、振動の激しいエンジンルームや機電一体型e-Axleにおいては、Sunlordの一般的な構造よりも圧倒的に有利である。
Panasonicのインダクターは「壊れない」という安心感こそが最大の付加価値となっている。
第7章:最大の懸念事項 – 知的財産権訴訟とMurataの包囲網
Sunlordの技術力と市場拡大は目覚ましいが、その足元には「特許侵害」という地雷が埋まっている。
7.1 Murata vs. Sunlord 訴訟の衝撃
2024年8月、村田製作所はSunlordに対し、5件の特許侵害を理由に製造販売の差止と損害賠償を求める訴訟を上海知的財産裁判所に提起した 。
- 対象特許: ZL201310020785.4、ZL201610108687.Xなど。これらは電子部品の構造や材料組成に関する基本特許と見られ、Sunlordの主力製品が抵触している可能性がある。
- 戦略的意味: Murataがあえて「敵地」である中国の裁判所で訴訟を起こしたことは、勝訴への自信と、中国の知財司法システムが近年プロパテント(特許重視)化していることへの信頼を示している 。
7.2 2026年時点でのステータスと影響
2026年2月現在、この訴訟は係争中あるいは和解交渉の段階にあると考えられる。
- 最悪のシナリオ(差止命令): もしSunlordが敗訴し、製品の製造販売差止命令が出されれば、Sunlordのサプライチェーンは寸断される。これを採用しているOEMにとっても、ラインストップのリスクとなる。
- 現実的なシナリオ(和解・ライセンス): SunlordがMurataに特許使用料(ロイヤリティ)を支払う形で和解する可能性が高い。しかし、これはSunlordのコスト構造を悪化させ、価格競争力を削ぐことになる。
7.3 購入者にとってのリスク
調達担当者は、Sunlord製品を選定する際、以下のリスクを考慮する必要がある。
- 係争品目の特定: 採用予定の品番が、訴訟対象の特許に抵触していないか確認が必要(FTO調査)。
- 代替ソースの確保: 万が一の供給停止に備え、TDKやPanasonicなどの代替品を認定しておく必要がある。
第8章:地政学的リスクとサプライチェーンの分断
2026年のビジネス環境において、米中対立は避けて通れない変数である。
8.1 エンティティリスト(Entity List)の影
2026年2月時点の調査では、Shenzhen Sunlord Electronicsは米国商務省産業安全保障局(BIS)のエンティティリストには掲載されていない 。
したがって、米国企業がSunlordから直接購入することに法的な制限はない。
しかし、リスクはゼロではない。
- 軍民融合(Military-Civil Fusion): Sunlordの製品が、中国の軍事産業や監視カメラメーカー(Hikvisionなど、既に制裁対象の企業)に広く供給されている場合、二次的制裁のリスクが生じる。
- 先端技術規制: AIサーバーは米国の国家安全保障に関わる重要技術であり、そのサプライチェーンに対するスクリーニングは年々厳格化している。将来的に、AIサーバー向け高性能部品が規制対象となる可能性は否定できない。
8.2 サプライチェーンの分断と「ベトナム・ロンダリング」
Sunlordのベトナム工場稼働は、米国の対中追加関税(Section 301)を回避するための「China+1」戦略の要である。
- 原産地規則のリスク: もしベトナム工場が、中国から輸入した完成品に近い半製品を単に梱包しているだけであれば、それは「迂回輸出」とみなされ、米税関当局の摘発対象となる可能性がある。Sunlordはベトナムでの現地付加価値(粉末成型からの工程など)を高める必要がある。
- 調達の二重化: 欧米向けにはベトナム工場から、中国国内向けには深圳・東莞工場から供給するという「デカップリング対応」が、2026年の標準的な調達スキームとなるだろう。
結論と戦略的提言
「パワーインダクター戦争2026」は、技術のコモディティ化と地政学的なブロック化が同時に進行する複雑な局面にある。
結論
- Sunlordの実力: メタルコンポジット技術において、Sunlordはもはや「安かろう悪かろう」のメーカーではない。TDKやPanasonicの汎用品と同等の性能を持ち、AIサーバーや車載インフォテインメント領域では十分に通用する実力を備えている。垂直統合によるスピードとコスト競争力は脅威である。
- 日本勢の優位性: TDKは材料科学の深さで、Panasonicは絶対的な信頼性で、Murataは知財力で、依然としてハイエンド市場の主導権を握っている。特に「失敗が許されない」領域(自動車の心臓部、AIサーバーのコア電源)では、日本勢の牙城は崩れていない。
- リスクの所在: Sunlord採用の最大のリスクは、性能ではなく「法的・地政学的継続性」にある。Murataとの特許訴訟の行方と、米国の貿易政策が最大の不確定要素である。
戦略的提言
A. AIサーバー・民生機器メーカー(調達・設計部門)へ:
- 積極採用(ただし限定的): コスト削減と供給安定化のために、セカンドソースとしてSunlordを認定すべきである。特に、プロセッサ周辺以外のDC-DCコンバータやフィルター用途では、Sunlordのコストメリットを享受できる。
- ベトナム工場の活用: 米国向け製品に採用する場合は、必ずベトナム工場生産品を指定し、原産地証明を確保することで関税リスクをヘッジする。
B. 自動車メーカー(OEM・Tier 1)へ:
- 慎重な棲み分け: インフォテインメントやボディ系ECUなど、安全重要度の低いアプリケーションではSunlordの採用を進め、コストダウンを図る。
- パワートレインは日本勢維持: BMSやトラクションインバータなどの重要保安部品については、長期信頼性データが揃うPanasonicやTDKをプライマリーとして維持すべきである。Sunlordを採用する場合は、数年単位の長期試験とMurata訴訟の決着を見届ける必要がある。
C. 投資家へ:
- Sunlordの成長性: AI関連の売上増は本物であり、株価の上昇余地はある。しかし、特許訴訟敗訴のリスクディスカウントを常に考慮すべきである。
- 日本勢の再評価: TDKやPanasonicは、コモディティ市場を捨てて高収益なニッチ(超高信頼性、超小型)へシフトしており、数量シェアが落ちても利益率は維持できる構造にある。
2026年、パワーインダクターは「ただのコイル」から「戦略物資」へと進化した。この戦争の勝者は、技術力だけでなく、知財戦略と地政学的センスを兼ね備えたプレイヤーとなるだろう。
リサーチが完了しました。フォローアップの質問や変更の希望があれば、お知らせください。
引用文献
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Shenzhen Sunlord Electronics (002138.SZ): The copper magnetic core burning platform inductor is highly praised in the AI server field for its leading high power density characteristics. – Moomoo, https://www.moomoo.com/news/post/42008933/shenzhen-sunlord-electronics-002138-sz-the-copper-magnetic-core-burning

