

製造業の国内回帰、いわゆる「リショアリング」が大きな転換点を迎えています。
かつてはコスト削減を最優先に海外へ生産拠点を移すのが常識でしたが、現在は地政学的リスク、円安の定着、そして何より日本の高度な実装技術が再評価されています。
この記事では、なぜ今「日本で実装する」ことが企業にとって最大の戦略的メリットになるのか、その理由を初心者から中級者の方まで深く理解できるよう、技術的・経済的側面から徹底的に解説します。
1. 製造業の国内回帰(リショアリング)の定義と背景
リショアリングとは何か
リショアリング(Reshoring)とは、海外に移転した製造拠点や工程を、再び自国内に戻す動きを指します。
これに対し、製造を海外へ出すことをオフショアリングと呼びます。
なぜ今、国内回帰が急務なのか
2020年代に入り、製造業を取り巻く環境は激変しました。主な要因は以下の4点です。
- サプライチェーンの脆弱性:感染症のパンデミックや紛争により、物流が停滞し、部品が入手困難になるリスクが顕在化しました。
- 地政学的リスク:主要な生産拠点であった地域との貿易摩擦や、輸出規制のリスクが高まっています。
- 為替相場の変動:長期的な円安傾向により、海外生産によるコストメリットが薄れ、逆に国内生産の採算性が向上しています。
- 経済安全保障:半導体や重要部品を自国内で確保する動きが、国の安全保障政策として推進されています。
基板実装(PCB Assembly)は、あらゆる電子機器の心臓部を作る工程です。
この工程を国内に保持することは、単なる製造コストの問題ではなく、企業の製品開発スピードと品質維持に直結する重要な経営判断となっています。
2. 日本で実装する具体的な仕組みと技術的優位性
日本の基板実装が世界的に評価されている理由は、単に真面目に作るからではありません。
高度に自動化された「スマートファクトリー」と、極小部品を扱う「微細実装技術」が組み合わさっている点にあります。
高度なSMT(表面実装技術)ラインの構成
日本の実装工場では、最新のSMT(Surface Mount Technology)ラインが稼働しています。その仕組みを詳細に見ていきましょう。
- 印刷工程:はんだペーストを基板の電極に精密に塗布します。日本では、0201サイズ(0.2mm×0.1mm)といった極小部品に対応するため、ミクロン単位の精度を持つスクリーン印刷機が使用されます。
- 検査工程(SPI):はんだの厚みや形状を3Dで瞬時に測定します。ここで不備を見つけることで、後工程での不良発生を未然に防ぎます。
- マウンタ工程(部品搭載):高速かつ高精度に電子部品を配置します。日本のマウンタ技術は世界トップシェアを誇り、1時間に数万点の部品を誤差なく載せることが可能です。
- リフロー工程(加熱):加熱炉を通し、はんだを溶かして部品を固定します。多層基板や熱に弱い部品を混在させる場合でも、精密な温度プロファイル制御により、接合不良を防ぎます。
- 自動光学検査(AOI):完成した基板をカメラで撮影し、AIが良否を判定します。
日本独自の「材料・装置・加工」のエコシステム
日本で実装を行う最大のメカニズム的メリットは、実装機メーカー、はんだ材料メーカー、基板メーカー、そして実装工場が地理的に近いことにあります。
例えば、新しい特殊な形状の半導体を実装したい場合、日本の工場であれば、その日のうちに材料メーカーと協議し、翌日には最適なはんだペーストの組成を変更し、マウンタのノズルを特注するといったスピード対応が可能です。
この「三位一体」の連携は、分業が進みすぎた海外拠点では困難な、日本独自の強みです。
3. 国内実装へ切り替えるための具体的な流れ


海外生産から国内実装へ切り替える、あるいは新規プロジェクトを国内で立ち上げる際のステップを解説します。
ステップ1:トータルコスト(TCO)の再試算
表面的な「加工賃」だけでなく、以下の項目を含めたトータル・コスト・オブ・オーナーシップ(TCO)を計算します。
- 物流費、関税、保険料
- 在庫保持コスト(輸送期間中の金利負担)
- 品質不良時の対応コスト(現地への出張費、廃棄ロス)
- 知的財産漏洩のリスクコスト
ステップ2:DFM(製造を考慮した設計)の最適化
日本の実装工場の能力を最大限に引き出すため、設計段階から工場と連携します。これをDFM(Design for Manufacturing)と呼びます。
- 自動機で掴みやすい部品配置への変更
- はんだ付け性が良いランド(電極)形状の設計
- 日本国内で調達しやすい代替部品の選定
ステップ3:サプライヤー(部品調達)の再構築
国内実装のメリットを活かすため、部品調達ルートを国内中心に再編します。特に半導体などの基幹部品について、国内の商社や代理店を通じて在庫を確保し、リードタイムの短縮を図ります。
ステップ4:試作とプロセスの検証
国内工場での試作(NPI:New Product Introduction)を行います。日本の工場は試作から量産への移行が非常にスムーズです。試作段階で見つかった課題を設計にフィードバックし、量産時の歩留まり(良品率)を極限まで高めます。
ステップ5:垂直立ち上げと品質管理の定着
国内工場の強みである「垂直立ち上げ(短期間での量産開始)」を実行します。稼働後は、製造実行システム(MES)を活用して、どの基板にどの部品が載り、どのような検査結果だったかというトレーサビリティを完全に自動化します。
4. 最新の技術トレンドと国内実装の将来性
国内回帰の動きを加速させているのは、最新のテクノロジーによる「製造のデジタル化」です。
1. AIとデジタルツインの活用
日本の実装工場では、物理的なラインをサイバー空間に再現する「デジタルツイン」の導入が進んでいます。
稼働状況をリアルタイムでシミュレーションし、故障予兆を検知することで、ダウンタイム(停止時間)をゼロに近づけています。
2. 多品種少量生産への対応力(高効率な段取り替え)
近年のトレンドは、一つの製品を大量に作るのではなく、必要なものを必要な時に作る「多品種少量生産」です。
日本の最新マウンタは、部品の載せ替え(段取り替え)を自動で行う機能を備えており、少ロットでも低コストで生産できる体制が整っています。
3. 持続可能な製造(グリーン・トランスフォーメーション)
環境負荷の低減も重要な要素です。日本国内の工場は、省電力型の設備導入が進んでおり、また輸送距離を短縮することで二酸化炭素排出量を削減できます。
これは、企業のESG経営において強力な武器となります。
5. よくある質問(FAQ)
Q1:国内実装は海外に比べて加工賃が高いのではないでしょうか?
単純な1点あたりの加工賃は、まだアジア諸国の方が安いケースが多いです。
しかし、不良率の低さ、物流リードタイムの短縮によるキャッシュフローの改善、そして仕様変更への即応性を考慮すると、トータルコストでは日本の方が安くなる逆転現象が多くの高付加価値製品で起きています。
Q2:国内回帰をした場合、労働力不足の問題はどう解決しますか?
現在の国内実装工場は、極限まで省人化・無人化が進んでいます。部品の供給から検査、梱包までをロボットが行うため、人手不足の影響を受けにくい構造になっています。
また、熟練工の「匠の技」をAIに学習させる技術も実用化されています。
Q3:どのような製品が国内実装に向いていますか?
以下の特徴を持つ製品は、国内実装に非常に向いています。
- 頻繁にモデルチェンジやアップデートが行われる製品
- 医療機器、車載機器、産業機器など、極めて高い信頼性が求められる製品
- 極小部品や多層基板など、高度な技術を要する製品
- 知的財産(回路設計など)の漏洩を絶対に避けたい製品
6. まとめ
製造業の国内回帰(リショアリング)は、単なる一時的なブームではなく、持続可能な成長を目指すための戦略的再編です。
日本で基板実装を行う本当のメリットは、以下の3点に集約されます。
- 圧倒的な品質と信頼性:不良ゼロを目指す高度な自動化プロセス。
- 開発スピードの最大化:材料から装置まで揃った国内エコシステムによる即応性。
- リスク耐性の強化:地政学的リスクや物流の停滞に左右されない安定供給。
これからの製造業において、競争力の源泉は「どこで、どのように作るか」という意思決定にあります。
日本の高度な実装技術をパートナーとして活用することは、製品の付加価値を高め、グローバル市場で勝ち抜くための最も確実な道と言えるでしょう。
この記事が、国内回帰を検討されている企業の皆様、あるいは日本の製造技術の今を知りたい方々の一助となれば幸いです。






