2026年、PFAS規制が基板実装にトドメを刺す?代替材料への切り替えリミットが迫る

製造業界、とりわけ電子機器の心臓部であるプリント基板実装(PCBA)の世界において、2026年は一つの大きなターニングポイントとして記憶されることになるでしょう。

これまで優れた耐熱性や電気特性を支えてきたフッ素化合物、いわゆるPFAS(ピーファス)に対する規制が、いよいよ猶予のない段階へと突入しているからです。

この記事ではPFAS規制がなぜ基板実装業界にこれほどまでの衝撃を与えているのか、そしてメーカーが生き残るために今すぐ着手すべき代替材料への切り替えプロセスについて、技術的な詳細を交えて網羅的に解説します。


目次

迫りくる2026年の崖と製造現場の苦悩

現在、電子機器メーカーや基板実装を手掛ける企業の間で、かつてない緊張感が走っています。

その中心にあるのが、PFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)に対する国際的な規制強化です。

読者の皆様の中には、PFASという言葉を「環境汚染のニュース」として耳にしたことがある方も多いでしょう。

しかし、これが製造現場、特に基板実装において「代替品が見つからなければ製品が作れなくなる」という死活問題に直結していることは、まだ十分に浸透していないかもしれません。

PFASは、その極めて安定した化学構造から、熱に強く、水を弾き、電気を通しにくいという、基板製造にとって理想的な特性をいくつも備えています。

そのため、高性能なスマートフォンから自動車のECU(エンジンコントロールユニット)、さらには最新のAIサーバーに至るまで、あらゆる場所に使用されてきました。

この記事を読むことで、PFAS規制の具体的な中身、基板実装においてPFASが果たしてきた役割、そして2026年に向けて企業が取るべき具体的な対策ステップを深く理解することができます。

技術的なハードルをどう乗り越えるべきか、その道筋を明らかにしていきましょう。


PFASの定義と規制の背景:なぜ今、基板業界で重要なのか

まず、PFASとは一体何なのか、そしてなぜこれほどまでに厳しく規制されるようになったのか、その背景を整理します。

PFASの正体:永遠の化学物質

PFASは、炭素とフッ素が強力に結合した構造を持つ有機フッ素化合物の総称です。

この「炭素ーフッ素結合」は、自然界に存在する結合の中でも最大級の強度を誇ります。

その結果、PFASは熱、光、薬品によってほとんど分解されません。

この特性により、PFASは「フォーエバー・ケミカル(永遠の化学物質)」と呼ばれています。

一度環境中に放出されると数十年、数百年単位で残り続け、食物連鎖を通じて人体や生態系に蓄積され、健康被害を引き起こすリスクが指摘されています。

規制の急先鋒:欧州REACHと米国各州法

規制の動きを牽引しているのは、欧州連合(EU)の化学物質規制であるREACH(リーチ)規則です。

2023年に提出された制限案では、数千種類に及ぶPFASを一括して制限対象とするという、非常に厳しい内容が含まれています。

また、米国ではメイン州やミネソタ州など、州単位で「意図的に添加されたPFASを含む製品」の販売を禁止する法律が2025年から2030年にかけて順次施行されます。

2026年は、多くのメーカーがサプライチェーンを見直し、報告義務を果たすための重要なデッドラインとなっているのです。

基板実装における重要性

基板実装において、PFASは「縁の下の力持ち」でした。

例えば、高周波特性に優れたPTFE(ポリテトラフルオロエチレン、いわゆるテフロン)は、5G通信用の基板には欠かせない材料です。

また、はんだ付けの際に使用されるフラックスの添加剤、基板の表面を保護するコーティング剤(コンフォーマルコーティング)、さらには製造装置のシール材や潤滑剤に至るまで、PFASは浸透しています。

これらを一朝一夕に排除することは、製品の性能低下や信頼性の喪失を招くリスクがあるため、業界全体が揺れているのです。


PFASが基板実装で果たす具体的な役割と技術的仕組み

なぜPFASの代替が難しいのかを理解するために、基板実装の各工程でPFASがどのような物理的・化学的役割を担っているのか、その詳細を掘り下げます。

1. 高周波基板材料としての絶縁特性

5Gや将来の6G通信、あるいはミリ波レーダーに使用される基板では、信号の伝送損失を最小限に抑える必要があります。

ここで重要な指標となるのが、比誘電率(Dk)と誘電正接(Df)です。

フッ素樹脂であるPTFEは、これらの値が極めて低く、かつ広帯域の周波数で安定しています。

PFASの分子構造は電気的に非常に中性に近く、電界の変化に対しても分子が振動しにくいため、熱としてのエネルギー損失が少ないのです。

この特性を非フッ素材料で再現しようとすると、材料が厚くなったり、耐熱性が犠牲になったりする課題が生じます。

2. コンフォーマルコーティングによる撥水・撥油

基板を湿気、ホコリ、化学物質から守るための保護膜(コンフォーマルコーティング)において、フッ素系コーティング剤は薄膜でありながら強力なバリア性能を発揮します。

PFAS分子の末端にあるフッ素原子は、外に向かって非常に低い表面エネルギーを形成します。

これにより、水だけでなく油(汚れ)も寄せ付けない高い防汚性を実現しています。

シリコン系やアクリル系の代替品もありますが、膜厚が厚くなりやすく、放熱性の低下や重量増加を招くことがあります。

3. はんだ付け工程と界面活性剤

はんだの濡れ性を向上させるために使用されるフラックスには、微量のPFAS系界面活性剤が含まれていることがあります。これは、はんだ表面の表面張力を劇的に下げ、微細な接合部にもはんだを行き渡らせる役割を果たします。 現代の高密度実装(部品の間隔が極めて狭い設計)では、このわずかな表面張力のコントロールが、ショート(ブリッジ)や未接合などの欠陥を防ぐ鍵となっています。

4. 半導体製造装置とコンポーネント

基板実装そのものだけでなく、基板を作るための装置(露光装置、エッチング装置など)の内部パーツにもPFASは多用されています。

耐薬品性の高いOリング(シール材)やチューブなどは、強力な洗浄液やガスを使用する現場において、装置の寿命を担保する不可欠な要素です。


作業の具体的な流れ:PFASフリーへの切り替え5ステップ

2026年のリミットを見据え、企業が現場で実施すべき「PFAS代替移行プロセス」を5つのステップで解説します。

ステップ1:現状把握(インベントリの作成)

まずは、自社製品のどこに、どの程度のPFASが含まれているかを完全に洗い出す必要があります。

これには、chemSHERPA(ケムシェルパ)やIMDSといった製品含有化学物質情報の伝達スキームを活用します。

単に「PFASは入っていますか?」と聞くのではなく、具体的なCAS番号(化学物質登録番号)のリストをサプライヤーに提示し、回答を求める精度が求められます。

ステップ2:優先順位付けとリスク評価

全てのPFASを同時に置き換えることは不可能です。

  • 規制の施行時期が早い地域(米国メイン州など)向けの製品
  • 代替品が比較的見つかりやすい部品(梱包材や単純なプラスチックパーツ)
  • 技術的難易度が高い部品(高周波基板、特殊センサー) これらを分類し、生産停止リスクが最も高いものから着手します。

ステップ3:代替材料の選定と試作

PFASフリーの代替材料を選定します。

例えば、高周波基板であれば「低伝送損失のポリイミド系樹脂」や「特殊な炭化水素系樹脂」が候補に挙がります。

コーティング剤であれば、パラキシリレン系や最新のシリコン系材料が検討対象となります。

選定した材料を用いて、実際に基板を試作(プロトタイピング)し、従来と同等の実装条件で製造が可能かを検証します。

ステップ4:信頼性試験(過酷試験)

代替材料は、初期性能が良くても長期的な信頼性に欠ける場合があります。

基板実装において最も重要なのは、熱サイクル試験(-40度〜125度などの急激な温度変化)や、高温高湿試験です。 PFASフリー材料は吸湿性が高い傾向にあるため、湿気による絶縁破壊や、熱膨張係数の違いによるはんだ接合部の亀裂が発生しないかを数千時間にわたってテストする必要があります。

ステップ5:サプライチェーンの再構築と認証取得

代替材料での品質が確認できたら、量産体制を整えます。

新しい材料を供給するサプライヤーとの契約締結や、必要に応じて顧客(セットメーカー)からの承認を再度取得します。

また、将来の規制変更に備え、サプライヤーに対して「意図的なPFAS無添加」を証明する宣言書の提出を求めます。


最新の技術トレンドと将来性:PFASなしで高性能を実現する

PFAS規制は、単なる制約ではなく、新しい材料技術を生み出すイノベーションの機会とも捉えられています。

AIを活用した材料探索(マテリアルズ・インフォマティクス)

PFASに代わる新しいポリマー構造を、AIを用いてシミュレーションする動きが加速しています。

これまでは数年かかっていた新しい絶縁材料の開発を、数ヶ月に短縮することが可能になりつつあります。

特定の分子配列が、フッ素を使わずにどこまで低誘電率を実現できるか、膨大なデータから最適解を導き出します。

ハイブリッド材料の登場

セラミックスと非フッ素樹脂を高度に配合したハイブリッド基板が注目されています。

セラミックスの優れた熱安定性と、樹脂の加工性を組み合わせることで、PTFEに近い特性を確保しようとする試みです。

循環型経済(サーキュラーエコノミー)への適応

PFAS規制の根底には「環境に排出しない」という思想があります。

そのため、今後は「リサイクルが容易な基板材料」へのシフトも同時に進むでしょう。

熱硬化性樹脂(一度固まると溶けない)から、再利用可能な熱可塑性樹脂(熱で溶かせる)への転換などが議論されています。


よくある質問(FAQ)

Q1. PFASは数千種類あると聞きましたが、その全てが禁止されるのですか?

現在、欧州などの規制案では「広義のPFAS」として、構造的に該当するものを一括して制限しようとする動きが主流です。

ただし、医療機器や半導体製造装置などの「社会的に代替が不可能」と認められる用途については、数年〜十数年の猶予期間(エグゼンプション)が設けられる見通しです。

それでも、最終的にはゼロを目指す方向性に変わりはありません。

Q2. 2026年を過ぎてから対応を始めても間に合いますか?

結論から申し上げると、非常に危険です。基板実装の信頼性試験には、短くとも半年から1年を要します。

また、代替材料への需要が世界中で一気に高まるため、供給不足に陥るリスクもあります。

今すぐ現状の調査(ステップ1)を開始することをお勧めします。

Q3. PFASフリーにすることで製品のコストは上がりますか?

短期的には上がる可能性が高いです。

新しい材料の開発コストに加え、製造条件(温度プロファイルなど)の変更に伴う歩留まりの低下が予想されるからです。

しかし、規制対応を怠り、販売停止や多額の罰金を科されるリスクに比べれば、必要な投資と言えるでしょう。

Q4. 日本国内の規制はどうなっていますか?

日本では化審法に基づき、PFOSやPFOAといった特定のPFASは既に製造・輸入が禁止されています。

広範なPFAS規制については国際的な動向を見守っている段階ですが、輸出製品を扱っている場合は、国内法よりも厳しい欧州や米国の法律を遵守する必要があります。


まとめ:ピンチをチャンスに変える製造戦略

2026年に向けて加速するPFAS規制は、長年「当たり前」として使われてきた材料の基盤を揺るがす、まさに業界にとってのトドメとなりかねない衝撃です。

しかし、この壁を乗り越えることは、環境負荷の低いクリーンな製造プロセスへの進化を意味します。

基板実装に関わる技術者や経営層に求められているのは、以下の3点に集約されます。

  1. 正確な情報収集:規制の対象が「物質」なのか「用途」なのかを常にウォッチする。
  2. サプライチェーンとの連携:一社で抱え込まず、材料メーカーや顧客と密に連携する。
  3. 技術への先行投資:PFASフリーでも高性能を維持できる独自のノウハウを早期に構築する。

技術の歴史を振り返れば、鉛フリーはんだへの移行など、私たちはこれまでも大きな規制の波を技術力で乗り越えてきました。PFAS規制も同様に、未来の電子機器をより持続可能なものへと進化させるための試練です。

今この瞬間から、2026年、そしてその先の未来に向けた第一歩を踏み出しましょう。

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