
ISO13485とは?定義と背景(なぜ重要か)
ISO13485の定義
ISO13485とは、正式名称を「Medical devices – Quality management systems – Requirements for regulatory purposes(医療機器-品質マネジメントシステム-規制目的のための要求事項)」と言います。
簡単に言えば、医療機器を設計・開発・製造するための「世界標準の品質管理ルールブック」です。
よく比較されるのが、一般的な品質マネジメントシステムである「ISO9001」です。
ISO9001が「顧客満足の向上」や「継続的な改善」を主目的としているのに対し、ISO13485は「安全性の確保」と「法令・規制の遵守」を最優先事項としています。
つまり、良いものを作るだけでなく、「安全であり続け、記録が完全に残っていること」が求められるのです。
なぜ医療機器製造に必須なのか
医療機器製造において、この規格が重要視される理由は主に2つあります。
- グローバルおよび国内規制との整合性 日本の薬機法(QMS省令)や、欧州のMDR(医療機器規則)、アメリカのFDA(QSR)など、各国の規制はISO13485をベースに作られています。つまり、この規格に準拠していない工場で作られた製品は、実質的に市場に出すことが困難、あるいは不可能です。
- リスク管理の徹底 医療機器に不具合が起きれば、最悪の場合、患者の命に関わります。そのため、「起きてから対処する」のではなく、「起きないように設計し、製造プロセスを管理する」体制が必要です。ISO13485は、このリスク管理(ISO14971)をシステムの中に強力に組み込んでいます。
具体的な仕組み:品質を守る「3つの柱」
ISO13485が現場でどのように機能しているのか、工場の実態をイメージしやすいよう、3つの重要な概念を図解的に文章で解説します。
1. 文書のピラミッド構造(言う・行う・記録する)
ISO13485の基本精神は、「やっていないことは書いてはいけない、書かれていないことはやってはいけない」です。
これを実現するために、工場内には強固な文書体系が存在します。
- 頂点:品質マニュアル 工場の品質方針を示す憲法のようなものです。「我々はどうやって品質を守るか」の全体像が書かれています。
- 中段:規定・手順書(SOP) 「誰が」「いつ」「何を」するかのルールです。例えば、「受入検査規定」や「設備管理規定」などがここに当たります。
- 下段:作業指針書(WI) 現場の作業者が手元で見る具体的な指示書です。「ボタンAを押して3秒待つ」といった細かい動作レベルの指示です。
- 底辺:記録(レコード) 作業の結果、どうなったかを示す証拠です。温度記録、検査成績書、教育訓練記録などが、ピラミッドの底辺としてすべてを支えます。
このピラミッドが崩れないよう管理されているのが、認証工場の特徴です。
2. 完全なトレーサビリティ(追跡可能性)の鎖
製品に万が一不具合が見つかった場合、その原因を特定するために「時間の流れ」を遡れる仕組みです。
[原材料の入荷] ロット番号Aの樹脂が入荷。合格判定の記録と紐づけられます。
↓ [成形工程] 〇月〇日、作業者Bさんが、成形機Cを使って、ロット番号Aの樹脂を加工。
↓ [組立工程] 部品Dと組み合わせて製品Eが完成。シリアル番号Fが付与される。
↓ [出荷] シリアル番号Fの製品は、〇月〇日に病院Gへ納品された。
ISO13485工場では、この鎖が一本も切れることなく繋がっています。
例えば、「ロット番号Aの樹脂に不純物が混ざっていた」と判明した瞬間、その樹脂を使って作られたすべての製品(シリアル番号Fを含む)を即座に特定し、回収(リコール)の判断ができる体制になっています。
3. バリデーション(妥当性確認)のプロセス
「検査」だけでは品質は保証できません。
なぜなら、すべての製品を破壊して検査するわけにはいかないからです。
そこで、製造工程そのものが正しいことを証明する「バリデーション」という考え方を用います。
- IQ(据付時適格性確認):装置が正しく設置され、電源や空気が適切に供給されているか?
- OQ(運転時適格性確認):設定した温度や圧力の範囲内で、装置が正しく動くか?
- PQ(性能適格性確認):実際の生産条件で連続運転しても、良品を作り続けられるか?
このIQ、OQ、PQという3段階のテストをクリアして初めて、その設備で医療機器を作ることが許されます。
作業の具体的な流れ:失敗しない工場選定の5ステップ

では、実際に発注側として工場を選ぶ際、どのような手順を踏むべきか解説します。
ステップ1:認証範囲(Scope)の確認
「ISO13485取得済み」という看板だけで判断してはいけません。
認証証書には必ず「Scope(適用範囲)」が記載されています。
例えば、「金属加工」で認証を取っている工場に、「電子制御の医療機器組立」を依頼するのはリスクがあります。
彼らの品質管理システムは金属加工に最適化されており、電子基板の静電気対策やソフトウェア管理には対応していない可能性があるからです。
自社の製品カテゴリー(射出成形、電子機器組立、滅菌包装など)が、工場のScopeに含まれているかを最初に確認します。
ステップ2:製造設備のスペックとクリーン度の確認
医療機器の種類によって、求められる環境は異なります。
体内に埋め込むインプラント製品であれば、微生物管理が厳格な「クリーンルーム」での製造が必須です。
一方、大型の検査装置の筐体であれば、一般的な工場環境で十分な場合もあります。
工場の設備リストを取り寄せ、クラス10,000やクラス100,000といったクリーンルームの規格が自社製品の要求を満たしているか照らし合わせます。
ステップ3:QMS監査(工場監査)の実施
書類審査が通ったら、必ず現地を訪問します。
これを「サプライヤー監査」と呼びます。見るべきポイントは以下の通りです。
- 不適合品置き場の管理 不良品が良品と混ざらないよう、鍵付きのボックスや赤いテープで明確に隔離されているか。これが曖昧な工場は危険です。
- 計測器の校正ラベル ノギスや温度計に「校正有効期限」のシールが貼ってあるか、期限切れでないか。
- 作業者の教育記録 特殊なはんだ付けや接着作業を行う作業者が、認定試験に合格しているか。
ステップ4:変更管理(Change Control)の認識合わせ
一般製品の工場では、良かれと思って「効率の良い部品に変えました」と無断で変更することがあります(サイレントチェンジ)。
しかし、医療機器ではこれが許されません。
「4M変更(Man, Machine, Material, Method)が発生する場合は、必ず事前に発注側に申請し、許可を得ること」という取り決め契約を締結できるか、その重要性を工場側が理解しているかを確認します。
ステップ5:品質取り決め書(Quality Agreement)の締結
最終的な契約段階では、価格や納期を決める「取引基本契約書」とは別に、「品質取り決め書」を交わします。
- 苦情が来た時の連絡ルートと期限
- 監査の受け入れ条件
- 文書の保管期間(医療機器は製造後10年や15年の保管が求められることが多い) これらを明文化し、合意形成を行います。
最新の技術トレンドや将来性
医療機器製造の分野でも、デジタルトランスフォーメーション(DX)と規制強化の波が押し寄せています。
欧州MDR(医療機器規則)への対応
欧州では従来のMDD指令から、より厳格なMDR規則へ移行しました。
これにより、サプライチェーン全体の監視が強化されています。
ISO13485の認証工場であっても、欧州向け製品を作る場合は、サプライヤー管理の基準を一段引き上げる必要があります。
eQMS(電子品質管理システム)の普及
これまで紙とハンコで管理されていた膨大な記録が、クラウドベースのシステム(eQMS)に移行しつつあります。
タブレットで作業手順を確認し、測定データをBluetoothで自動転送して記録する。
これにより、転記ミスや改ざんのリスクをゼロにする動きです。
工場選定の際、「紙管理か、システム管理か」は、将来的なトレーサビリティの速度に直結する重要な要素となります。
AI検査の導入
目視検査への依存を減らすため、AIを用いた外観検査機の導入が進んでいます。
特にカテーテルや注射針など、微細な欠陥が許されない製品において、人間以上の精度で全数検査を行う工場が増えています。
よくある質問(FAQ)
Q1. ISO9001しか持っていない工場に医療機器の製造を依頼できますか?
技術的には可能です。ただし、その場合、発注側(あなた)が製造販売業者として全責任を負い、その工場の品質管理をISO13485相当のレベルまで指導・監督する必要があります。
これは莫大な工数がかかるため、現実的にはISO13485認証工場を選ぶ方がスムーズです。
特に海外輸出を考えている場合は、ISO13485認証工場でないと規制当局への説明が非常に困難になります。
Q2. 認証工場であれば、設計から丸投げできますか?
ISO13485には「設計・開発(7.3項)」という項目がありますが、この適用を除外(非適用)として認証を取っている工場も多く存在します(製造特化型)。
設計から依頼したい場合は、認証範囲に「Design and Development」が含まれているかを必ず確認してください。
これを「ODM(Original Design Manufacturing)」対応と呼びます。
Q3. 製造委託するとコストが高くなりませんか?
一般的な工場に比べ、ISO13485工場は管理コスト(記録の作成、設備の維持、定期的な監査対応など)がかかるため、加工単価は高くなる傾向にあります。
しかし、安価な工場で不良品を出したり、市場回収(リコール)のリスクを抱えたりすることを考えれば、これは必要な「保険料」であり、トータルコストでは安く済むケースがほとんどです。
Q4. 小ロットでも対応してくれる認証工場はありますか?
医療機器業界は多品種少量生産が基本です。
数万個単位でないと受けない家電系工場とは異なり、医療系専門のEMS(受託製造サービス)企業は、数十個~数百個単位からの製造に対応していることが多いです。
まずは「試作・小ロット対応」を謳っている企業に相談することをお勧めします。
まとめ
医療機器のISO13485認証工場の選び方について解説しました。
- ISO13485の本質:顧客満足ではなく、規制遵守と安全性が最優先。
- 品質の仕組み:文書のピラミッド、トレーサビリティ、バリデーションが3本柱。
- 選定の鍵:認証範囲(Scope)の確認と、現地での監査(特に不適合品管理と変更管理)。
- 契約:品質取り決め書で、責任分界点を明確にする。
医療機器において、製造工場は単なる「下請け」ではなく、薬機法上の責任を分かち合う「運命共同体」です。
認証証書という紙切れ一枚を信用するのではなく、その裏にある工場の文化、管理体制、そして「人の命に関わるものを作っている」という意識レベルを見極めることが、プロジェクト成功への最短ルートとなります。
この記事が、あなたの革新的な医療機器を世に送り出すための、最適なパートナー探しの助けになることを願っています。



