

なぜ特急案件は断られてしまうのか
製品開発の現場において、基板実装(SMT:Surface Mount Technology)の工程は、設計と完成品を繋ぐ極めて重要なブリッジです。
しかし、試作開発や急な仕様変更、あるいは量産前の最終確認など、どうしても「今すぐ実装してほしい」という特急案件が発生することは避けられません。
そんな時、多くの担当者が直面するのが「今は繁忙期なので、特急対応は不可能です」という工場側からの冷ややかな回答です。この一言でプロジェクト全体のスケジュールが数週間、時には数ヶ月遅延してしまうことも珍しくありません。
この記事では、半導体・電子部品業界の構造的な仕組みからくる「工場の繁忙期」の正体を解き明かします。
なぜ工場は忙しくなるのか、その時期はいつなのか、そして特急案件を確実に通すためにはどのような準備が必要なのか。
この記事を最後まで読むことで、工場の稼働状況を予測し、戦略的にリソースを確保するための「現場の知恵」を習得できるはずです。
初心者の方には業界の基礎知識として、中級者の方にはより円滑なサプライチェーン管理のヒントとして、実務に直結する情報を網羅的に解説していきます。
基板実装業界における繁忙期の定義とその背景
基板実装工場における繁忙期とは、単に「仕事が多い時期」というだけでなく、工場の生産キャパシティ(供給)が、顧客からのオーダー(需要)を大きく上回り、製造ラインの空き時間がゼロになる状態を指します。
1. 季節的な要因(国内およびグローバル)
日本の基板実装業界には、明確な波が存在します。
- 年度末(3月)と中間決算(9月): 日本の多くの企業が3月決算を採用しているため、予算を使い切るための試作案件や、年度内の納品を目指した量産案件が集中します。9月も同様の理由で、下期に向けた準備が重なります。
- 中国の旧正月(春節): これは日本国内の工場であっても大きな影響を受けます。電子部品の多くは中国や東南アジアで生産されているため、旧正月の期間(1月〜2月)は部品供給がストップします。その前後で「部品が届かなくなる前に作ってしまいたい」という駆け込み需要が発生し、ラインが奪い合いになります。
- クリスマス・年末商戦向け: コンシューマー向け製品(家電、ゲーム機など)の場合、秋口から初冬にかけてが生産のピークです。
2. なぜ繁忙期は「特急」が嫌われるのか
工場の経営側から見ると、生産ラインは「常に一定のスピードで動かし続けること」が最も効率的で利益率が高くなります。
基板実装の工程には、マウンター(部品を載せる機械)の設定や、クリームはんだを印刷するためのメタルマスクの入れ替えといった「段取り替え」という作業が発生します。
特急案件はこの計画的な流れを断ち切り、既存のスケジュールを無理やり調整して差し込む必要があるため、工場にとっては生産効率を著しく下げる要因となります。
そのため、繁忙期には「既にパンパンに詰まったパズルの中に、新しいピースをねじ込む余地がない」という物理的な限界が訪れるのです。
工場がフル稼働する仕組み:キャパシティ管理の裏側
工場がどのように案件を管理し、なぜ「余裕がない」状態に陥るのか、そのメカニズムを詳しく解説します。
1. 生産能力(キャパシティ)の算出
工場の生産能力は、以下の要素で決まります。
- 設備数(ライン数): マウンター、リフロー炉、検査機(AOI)などのセット数。
- 稼働時間: 1日2交代制か、3交代制か、あるいは土日稼働か。
- タクトタイム: 1枚の基板に部品を載せ終えるまでの時間。
2. ボトルネックの発生
基板実装は流れ作業です。どれか一つの工程が詰まれば、全体が止まります。
繁忙期には以下の「ボトルネック」が顕著になります。
- マウンターの吸着ノズル数: 特殊な形状の部品が多い場合、機械のヘッドが足りなくなり、スピードが落ちます。
- 検査工程(AOI/目視): 実装自体は速くても、その後の品質検査に人が足りず、出荷待ちの基板が山積みになります。
- はんだ印刷工程: 高密度な基板では印刷の精度管理に時間がかかり、ここが全体の速度を規定することがあります。
3. 段取り替えロス
これが最も重要です。
A製品の生産を終えてB製品に移る際、部品リールの交換やプログラムの変更に1〜2時間を要することがあります。
特急案件が「小ロット(数十枚)」の場合、作る時間よりも、この準備時間の方が長くなってしまうことがあります。工場側が「効率が悪い」として二の足を踏む最大の理由です。
特急案件を断られないための具体的な流れ:ステップ1〜5
もしあなたが今、どうしても特急で基板を実装しなければならない状況にあるなら、以下のステップを忠実に守ってください。工場の「Yes」を引き出す確率は格段に上がります。
ステップ1:情報の早期開示(内示の提示)
「データができてから連絡する」のでは遅すぎます。
設計が完了する1〜2週間前の段階で、「〇月〇日頃に、〇〇枚程度の特急案件を依頼したいと考えている」と工場に連絡を入れます。
これを「内示」と呼びます。工場側はこの時点で、将来のスケジュールに「仮の枠」を確保することができるようになります。
ステップ2:完全なデータの準備
工場が最も嫌うのは「不備のあるデータ」です。
- ガーバーデータ(配線図)
- メタルマスクデータ
- BOM(部品表):メーカー名、型番、数量、実装/未実装の区別が明確なもの
- マウンター用座標データ(XYデータ)
これらの資料が完璧に揃っており、工場側がすぐにプログラム作成にかかれる状態であれば、工期を数日短縮できます。
不備があると、その確認のやり取りだけで特急の意味がなくなります。
ステップ3:部品の先行手配とキッティング
部品が揃わないことには実装は始まりません。
- 支給品の場合: 部品をバラバラに送るのではなく、リールやトレイの状態で、BOMの番号順に整理(キッティング)して送ります。
- 工場調達の場合: リードタイム(納期)が長い部品をあらかじめ特定し、先行して発注の承認を出しておきます。
ステップ4:仕様の簡素化の検討
「どうしてもこの日までに!」という場合、仕様の一部を譲歩する交渉も有効です。
- 「外観検査は目視のみでOKとする(後日AOIを通す)」
- 「一部のコネクタだけ手はんだにして、マウンターの段取りを減らす」 などの提案は、工場側の負担を減らし、割り込みを容易にします。
ステップ5:コストアップの許容
特急案件は工場側に休日出勤や残業を強いることになります。
「特急料金(エクスプレス・フィー)」を支払う意思があることを最初から伝えましょう。
一般的に、通常価格の1.5倍〜3倍程度が相場ですが、これを渋ると、繁忙期に枠を空けてもらうのはほぼ不可能です。
最新の技術トレンドと業界の将来性
基板実装業界も、テクノロジーの進化によって「繁忙期の解消」や「特急対応の迅速化」に向けた動きが加速しています。
1. スマートファクトリーとAIスケジューリング
従来、生産計画は熟練の担当者が経験に基づいて立てていました。
しかし現在は、AIが複雑な受注状況と設備の稼働率をリアルタイムで分析し、最適な「差し込み」ポイントを自動で算出するシステムが登場しています。
これにより、繁忙期でも数時間の隙間を見つけて特急案件を処理できる工場が増えています。
2. M2M(Machine to Machine)連携
各装置がネットワークで繋がり、前の工程の状況を後ろの工程が自動で把握する仕組みです。
例えば、印刷機でのミスを即座にマウンターにフィードバックし、無駄な実装を防ぐことで、歩留まり(良品率)を高め、結果として全体の生産時間を短縮しています。
3. 国内回帰(リショアリング)の動き
地政学的なリスクや物流コストの上昇により、中国や東南アジアに出していた実装案件を日本国内に戻す動きがあります。
国内工場は「多品種変量生産(必要な時に必要な分だけ作る)」に特化する傾向があり、以前よりも柔軟に特急案件を受け入れる体制を整えている工場も注目されています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 特急料金を払えば、どんなに忙しくても受けてもらえますか?
いいえ、物理的な限界(キャパシティ)を超えている場合は、どれほど高額な料金を積んでも断られます。
特に「物理的にラインが埋まっている」場合は、時間が解決するのを待つしかありません。
そのためにもステップ1の「内示」が重要です。
Q2. 繁忙期でも比較的空いている工場の特徴はありますか?
「試作専門」を謳っている工場は、量産ラインのような数ヶ月先までの固定スケジュールが少ないため、比較的柔軟です。
ただし、1~3月の年度末は試作専門工場であっても非常に混雑します。
Q3. 「特急」で依頼した場合、品質が落ちる心配はありませんか?
信頼できる工場であれば、特急だからといって工程を抜くことはありません。
ただし、乾燥工程やエージング(通電試験)などの「時間をかけることで品質を担保する工程」を短縮したいと依頼者側が提案した場合は、その分リスクが高まります。
Q4. 部品を自分で揃えて送る(支給)のと、工場に任せるのはどちらが速いですか?
繁忙期であれば、工場側の調達担当も手一杯になっていることが多いため、依頼者側で「完璧に揃った状態」で支給する方が、着工までのスピードは速くなる傾向にあります。
まとめ
基板実装の特急案件をスムーズに進めるためには、工場の「カレンダー」と「メカニズム」を理解することが不可欠です。
- 3月・9月の決算期、および中国の旧正月前後を避ける。
- やむを得ず繁忙期に重なる場合は、設計段階から工場へ内示を出す。
- データや部品の準備を完璧にし、工場側の「考える時間」と「迷う時間」をゼロにする。
これらは一見、泥臭い努力に見えますが、電子機器開発という高度なテクノロジーの裏側には、人との信頼関係と細やかな準備というアナログな基盤が存在します。
もし、今お抱えの案件でスケジュールの調整に苦慮されているのであれば、まずは懇意にしている工場に「現在の稼働率」を尋ねてみることから始めてみてはいかがでしょうか。
事前のコミュニケーションこそが、最大の「特急チケット」になるはずです。
今回の記事が、皆様の円滑なものづくりに役立つことを願っております。






