フラックス残渣は洗浄すべきか?無洗浄はんだのリスク管理

電子機器の製造現場において、長年議論の的となっているのが「はんだ付け後のフラックス残渣を洗浄すべきかどうか」という問題です。かつては洗浄が当たり前でしたが、フロン規制やコスト削減の流れを受け、現在では多くの現場で「無洗浄(ノーグリーン)はんだ」が採用されています。

しかし、製品の小型化や高密度実装が進む現代において、無洗浄という選択が必ずしも正解とは限りません。残渣が原因で発生する不具合は、出荷直後ではなく、数ヶ月から数年を経てから表面化することが多いためです。

この記事では、フラックス残渣が回路に与える影響、無洗浄はんだのリスク管理、そして最新の洗浄技術について、初心者から現場担当者まで納得できるよう詳細に解説します。この記事を読み終える頃には、自社の製品にとって最適なプロセスがどちらであるか、明確な判断基準を持てるようになるはずです。


目次

1. フラックス残渣の定義と背景:なぜ今、議論が必要なのか

フラックスの役割と構成要素

フラックス(Flux)とは、はんだ付けを円滑に行うための補助剤です。主な役割は、基板の銅パッドや電子部品の端子表面にある酸化膜を除去し、はんだの濡れ性(広がりやすさ)を向上させることにあります。

フラックスは主に以下の成分で構成されています。

  • ベース樹脂:主にロジン(松脂)や合成樹脂。はんだ付け時の熱から基板を保護し、活性剤を保持します。
  • 活性剤:酸化膜を化学的に除去する成分。有機酸やハロゲン化合物が使われます。
  • 溶剤:樹脂や活性剤を溶かし、塗布しやすくするための液体。
  • 添加剤:粘度調整や酸化防止を目的とした成分。

残渣(ざんさ)とは何か

はんだ付けが終わった後、基板上に残ったフラックスの燃えカスや未反応の成分を「フラックス残渣」と呼びます。通常、これらは透明または琥珀色の固形物として残ります。

無洗浄化が進んだ背景

  1. 環境規制:かつて洗浄に使われていたフロンやトリクロロエタンがオゾン層破壊の原因として全廃されたこと。
  2. コスト削減:洗浄工程には、洗浄装置の導入、洗浄剤の購入、廃液処理、乾燥工程の電気代など多額のコストがかかります。
  3. 技術の進歩:残渣が腐食しにくいように設計された「無洗浄タイプ」のはんだペーストが登場したこと。

しかし、近年では車載電子機器や産業ロボット、5G通信基地局など、極めて高い信頼性が求められる分野が増えており、「本当に無洗浄で大丈夫か」という問いが再燃しています。


2. フラックス残渣が引き起こす具体的なトラブルの仕組み

フラックス残渣を放置することで発生する問題は、主に化学的、電気的、そして物理的な要因に大別されます。

イオンマイグレーションによる短絡(ショート)

最も致命的な不具合が、イオンマイグレーションです。これは、基板上の配線間に電圧がかかった状態で、湿度が加わると、フラックスに含まれる活性剤(イオン成分)を介して金属が溶け出し、反対側の電極へ向かって樹枝状の結晶(デンドライト)が成長する現象です。

このデンドライトが隣接する配線に到達すると、目に見えないレベルの短絡が発生し、機器の動作不良や発火の原因となります。現代の基板は配線間隔(ピッチ)が非常に狭いため、わずかな残渣でもリスクが高まります。

吸湿による絶縁抵抗の低下

フラックス残渣の中には吸湿性(水分を吸いやすい性質)を持つものがあります。水分を吸った残渣は導電性を持ち始め、本来絶縁されているべき箇所の抵抗値(SIR値)を低下させます。これにより、微弱な電流を扱うセンサー回路などでは信号のノイズや誤作動が引き起こされます。

コンフォーマルコーティングへの悪影響

防湿や絶縁のために基板表面をコーティング(コンフォーマルコーティング)する場合、フラックス残渣が残っていると、コーティング剤が剥がれたり(剥離)、クレーター状の穴(ハジキ)ができたりします。不完全なコーティングは、その隙間から湿気が入り込むため、逆効果になることさえあります。

接触不良と検査の妨げ

コネクタ付近に残渣が飛散すると、接触不良の原因になります。また、自動外観検査(AOI)装置において、残渣が光を反射したり汚れと誤認されたりすることで、検査の精度が落ちるという物理的なデメリットも無視できません。


3. 洗浄か無洗浄か?意思決定と作業の具体的な流れ

どちらを選択すべきかは、製品の使用環境と求められる寿命によって決まります。ここでは、プロセスの判断から実行までの流れをステップごとに解説します。

ステップ1:信頼性クラスの確認

IPC(国際電子回路産業協会)の基準を参考に、製品のクラスを確認します。

  • クラス1:一般電子機器(玩具、一部の家電)。短寿命で良いため、無洗浄が一般的。
  • クラス2:専用サービス電子機器(PC、通信機器)。高い信頼性が望まれるが、致命的ではない。多くが無洗浄だが、用途により洗浄。
  • クラス3:高信頼性電子機器(医療、航空宇宙、車載、軍事)。故障が許されないため、原則として洗浄が推奨される。

ステップ2:使用するはんだ材の選定

  • 洗浄する場合:洗浄専用のフラックス(水溶性フラックスなど)を使用します。これらは活性が強い反面、洗浄しないと確実に腐食します。
  • 無洗浄の場合:低残渣タイプや、残渣が硬く固まってイオンを閉じ込めるタイプを選定します。

ステップ3:はんだ付け条件の最適化(リフロー・手はんだ)

無洗浄を選択する場合、フラックスの活性剤を熱で完全に「失活(反応を終わらせること)」させる必要があります。加熱が不足すると、未反応の強力な酸が残り、腐食を早めます。逆に過加熱はフラックスを焦げ付かせ、洗浄を困難にします。

ステップ4:洗浄工程の実施(洗浄を選択した場合)

洗浄を行う場合は、以下の方式から選択します。

  • 超音波洗浄:洗浄液の中で超音波を発生させ、部品の隙間の汚れを落とします。
  • スプレー洗浄:高圧で洗浄液を吹き付けます。
  • 手拭き洗浄:ブラシや綿棒に洗浄剤を含ませて拭き取ります(小規模向け)。

ステップ5:洗浄後の清浄度評価

「きれいになったつもり」が一番危険です。

  • 目視検査:拡大鏡や顕微鏡で確認。
  • 導電率測定:基板を抽出液に浸し、溶け出したイオンの量を測定します。
  • SIR試験:高温多湿の環境下で絶縁抵抗の変化を長期間監視します。

4. 最新の技術トレンドと将来性

フラックスと洗浄の技術は、環境負荷の低減と実装の超微細化という2つの方向に進化しています。

水系洗浄剤へのシフト

かつての溶剤系洗浄剤に代わり、現在は環境負荷が低く、火災リスクのない「水系洗浄剤(準水系洗浄剤)」が主流です。水と界面活性剤を主成分としながらも、最新の化学配合により、頑固なロジン残渣を強力に分解・除去できるようになっています。

低温はんだとフラックスの課題

省エネや部品への熱ダメージ軽減のため、融点の低い「低温はんだ」の採用が増えています。しかし、低温ではフラックスの活性剤が十分に反応しきれず、残渣のリスクが高まるという新たな課題が生じています。これに対応するため、低温でも確実に失活する新しいフラックスの開発が進んでいます。

0201チップ等の超小型部品への対応

部品のサイズが米粒よりも小さい「0201サイズ(0.2mm × 0.1mm)」になると、部品の下にフラックスが入り込み、洗浄液が届かないという問題が発生します。ここでは、洗浄液の表面張力を極限まで下げた特殊な薬剤や、真空状態で洗浄液を浸透させる「真空洗浄技術」が注目されています。


5. よくある質問(FAQ)

Q1. 無洗浄タイプのはんだを使っていれば、絶対に洗浄しなくて大丈夫ですか?

いいえ、そうとは限りません。無洗浄はんだは「標準的な使用環境において腐食しにくい」というだけで、高湿度な環境や、結露が発生する場所で使用される場合は、残渣が原因でトラブルが発生する可能性があります。また、手はんだ付けで追加のフラックスを多量に使用した場合は、無洗浄タイプであっても洗浄が必要です。

Q2. 市販のアルコール(IPA)で拭くだけでも効果はありますか?

一定の効果はありますが、注意が必要です。IPA(イソプロピルアルコール)はロジンを溶かす力はありますが、活性剤の成分(塩類)を完全に除去しきれないことがあります。中途半端に拭くと、かえって残渣を広げてしまい、特定の場所にイオン成分を濃縮させてしまうリスクもあります。専用の洗浄剤を使用することをお勧めします。

Q3. 洗浄をしないメリットはコスト以外にありますか?

はい、あります。洗浄工程は、基板や部品に物理的なストレス(超音波による振動や高圧スプレーによる衝撃)を与えます。また、乾燥が不十分だと内部に水分が残り、逆に腐食を招くこともあります。洗浄しないことで、これらの物理的ダメージのリスクをゼロにできるというメリットがあります。

Q4. 残渣の色が茶色く変色しているのは異常ですか?

多くの場合、はんだ付け時の熱による酸化(焦げ)です。機能的に直ちに問題が出るわけではありませんが、熱設定が強すぎるサインかもしれません。あまりに色が濃い場合は、フラックスが炭化して除去しにくくなっており、内部に活性剤を閉じ込めている可能性があります。


6. まとめ

フラックス残渣を洗浄すべきかどうかという問いへの答えは、「その製品がどこで、何年使われるか」に集約されます。

  • 民生品や短寿命のデバイスであれば、適切な熱管理のもとでの無洗浄運用が最も効率的です。
  • 車載、インフラ、医療などの「命に関わる分野」や「修理が困難な場所で使われる製品」では、徹底した洗浄と清浄度管理が不可欠です。

昨今の電子機器は、かつてないほど高密度化しており、わずかな埃や残渣が命取りになる時代です。

「無洗浄だから安心」と過信せず、自社の製品特性に合わせて、洗浄剤の選定やプロセスの見直しを行うことが、長期的なブランド信頼性の維持に繋がります。

まずは自社の現在のリフロープロファイルを見直し、フラックスが適切に失活しているかを確認することから始めてみてはいかがでしょうか。

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