
新規デバイスの開発や量産のタイミングで複数の基板実装会社(EMS)に見積もりを依頼した際、その金額差に驚愕した経験はないでしょうか。
「A社は100万円なのに、B社は150万円。この50万円の差は何なのか?」と疑問を持つのは当然のことです。
基板実装の見積もりは、専門用語が多く、製造プロセスを知らない発注者にとってはブラックボックスになりがちな領域です。
しかし、この内訳を正しく読み解くスキルがあれば、単なるコストカットではなく、品質を維持したまま適正な価格で発注することが可能になります。
本記事では、見積もりの全項目を詳細に解説し、業者と対等に交渉するための知識を共有します。
基板実装見積もりの全体像:コストを構成する3つの柱
基板実装の見積もり書を受け取ったら、まずは詳細な項目に目を奪われるのではなく、大きく3つのカテゴリーに分類して全体像を把握することが重要です。
見積もりの総額は、基本的に以下の3要素で構成されています。
- イニシャル費(初期費用)
- ランニング費(実装単価・量産単価)
- 部材費・管理費
なぜこの分類が必要かというと、生産数量によって各要素が総コストに与える影響度が劇的に異なるからです。
例えば、試作などの極小ロットであればイニシャル費の比重が高くなり、量産であればランニング費のコンマ数円の差が利益を左右します。
まずはこの3本柱を理解し、自社の生産計画に合わせたコスト分析の土台を作ってください。
イニシャル費(初期費用)
イニシャル費とは、製造を開始するために最初だけ発生する準備費用のことです。
具体的には、ハンダを印刷するためのメタルマスク作成費や、実装機(マウンター)を動かすためのプログラミング費用が含まれます。
この費用は、基本的に初回のみ発生し、リピート注文時には請求されません。ただし、設計変更(改版)を行った場合は、再度これらの費用が発生するため注意が必要です。
ランニング費(実装単価・量産単価)
ランニング費は、基板1枚を製造するごとにかかる加工費のことです。
表面実装(SMT)、挿入実装(DIP)、検査、梱包などの作業工賃が含まれます。
一般的に「実装単価」と呼ばれるのはこの部分であり、生産数量が増えれば増えるほど、量産効果によって単価を下げやすい領域でもあります。
部材費・管理費
基板本体(生基板)や搭載する電子部品の購入費用、およびそれらを管理するための費用です。
部材を自社で支給する場合(無償支給)はこの項目は下がりますが、EMSに調達を依頼する場合は、部品代に加えて「調達管理費」が乗せられます。ここは見落としがちですが、トラブル時の責任分界点に関わる重要な項目です。
【イニシャル費】二度目からは不要な初期投資の内訳
見積もり比較において、最も価格差が出やすいのがこのイニシャル費です。各社が保有する設備や技術力によって、準備にかかる工数が異なるからです。
ここでは、特にブラックボックス化しやすい項目を深掘りします。
メタルマスク(版)代の適正価格と仕様
メタルマスクは、クリームはんだを基板に印刷するためのステンレス製の型です。
見積もり項目の中で大きなウェイトを占めますが、ここには明確なグレードが存在します。
安価な見積もりの場合、エッチング工法などの簡易的なマスクが想定されていることがあり、高密度な実装には向きません。
逆に、レーザー加工や内壁研磨処理を施した高価なマスクは、微細部品(0603チップやBGAなど)の実装品質を担保するために必須です。
単に「マスク代」という金額だけを見るのではなく、実装する部品の密度に見合ったスペックのマスクが選定されているかを確認することが、品質トラブルを防ぐ鍵となります。
プログラム作成費・データ変換費
実装機(マウンター)や検査機(AOI)を稼働させるためのNCデータを作成する費用です。
CADデータ(ガーバーデータ)から座標を抽出し、機械が理解できる形式に変換します。
この費用は、搭載する部品点数に比例して高くなる傾向があります。特筆すべきは、この作業の質が生産効率に直結する点です。
熟練のオペレーターは、無駄のないヘッドの動き(シークエンス)をプログラムできるため、結果としてランニングコストを下げることに貢献します。
この費用を極端に値切ると、精度の低いプログラムで強引に実装することになり、実装ズレなどの不良原因になりかねません。
テスト治具・チェッカー製作費
製品の動作確認を行うための検査治具(ファンクションテスター)の製作費です。
ICT(インサーキットテスタ)用のピンボードなどがこれに該当します。
必須ではありませんが、出荷品質を保証するためには重要です。数枚の試作であればテスターを手当てするだけで済みますが、量産の場合は専用治具を作ったほうが、検査時間の短縮によりトータルコストが下がります。
見積もりにこの項目が含まれているか、あるいはオプション扱いになっているかは必ず確認すべきポイントです。
【ランニング費】実装単価が決まるメカニズム
継続的に発生するランニング費は、製品の原価に直結します。
多くの実装工場では、どんぶり勘定ではなく、明確な計算式に基づいて算出しています。
SMT(表面実装)工程の「ポイント単価」計算
表面実装の加工費は、一般的に「ポイント単価 × 総ポイント数」で算出されます。
1ポイントの定義は業者により異なりますが、通常はチップ部品1つを1ポイント、大型部品やICを2〜4ポイントと換算します。
日本の相場では1ポイントあたり0.5円から1.5円程度が目安ですが、これはロット数によって大きく変動します。
激安を謳う業者はこのポイント単価が低い傾向にありますが、使用するはんだの質や、窒素(N2)リフローの使用有無などを確認する必要があります。
安すぎる単価は、設備償却が終わった古い精度の低い機械を使用しているリスクも示唆しています。
ディップ(フロー)工程と手はんだ工程の工数
コネクタや大型コンデンサなど、足のある部品をはんだ付けする工程です。すべて自動はんだ槽(フロー槽)で流せれば安価ですが、部品の配置や耐熱性の問題で「後付け」と呼ばれる手はんだ作業が必要になると、コストは跳ね上がります。
手はんだは熟練作業員の人件費そのものだからです。見積もりが高いと感じた場合、この手作業の工程が含まれていないかを確認してください。設計変更でリフロー対応部品に変えることができれば、このコストは劇的に削減可能です。
検査工程(AOI、X線、目視)のコスト
実装後の品質をチェックする工程です。AOI(外観検査装置)による自動検査は標準的に含まれることが多いですが、BGAなどの端子が隠れている部品に対するX線検査は、別途オプション費用となる場合があります。
また、最終的な目視検査をどの程度のレベルで行うかによっても費用は変わります。
医療機器や車載機器レベルの全数詳細検査なのか、民生機レベルの抜き取り検査なのか。
要求品質レベルと見積もり内容の検査スペックが合致しているかを見極める必要があります。
【部材費・管理費】見落としがちな隠れコスト
加工費以外の部分にも、コストの増減要因は潜んでいます。
見積もりの最後尾に記載されることが多いこれらの項目こそ、業者の姿勢が現れる部分です。
部材調達費とロス率(スクラップ率)の考え方
EMSに部品調達を依頼する場合、部品代には「ロス率」が加算されています。
リール部品をマウンターにセットする際、どうしても最初と最後の数個から数十個は機械の構造上、実装できずに廃棄(ドロップ)されます。また、吸着ミスによる損失も考慮されます。
見積もりの部品代がDigi-KeyやMouserの価格より高いと不満を持つかもしれませんが、このロス分と、在庫管理の手間賃が含まれていることを理解する必要があります。
これを適正範囲と見るか、過剰と見るかは、提示されたロス率(通常は3%〜5%程度)を確認することで判断できます。
一般管理費と利益率の適正ライン
多くの見積書には「管理費」という項目があります。
これは工場の光熱費、間接部門の人件費、梱包資材費、そして企業の利益を含んだものです。
一般的には加工費等の合計に対して10%〜20%程度が乗せられます。
この項目が不明瞭なまま極端に高い場合は、内訳の開示を求める権利があります。
逆に、ここが極端に低い場合は、将来的に経営難による供給不安のリスクがあるかもしれません。適正な利益を確保している企業こそ、長期的なパートナーとしてふさわしいと言えます。
プロが教えるコストダウン(VE)の具体的テクニック
見積もりの内訳を理解した上で、発注者側からコストダウンを仕掛けるための技術的なアプローチを紹介します。
単なる値引き要求ではなく、VE(Value Engineering)提案として行うことで、業者側も協力しやすくなります。
設計段階で決まる「面付け」と「捨て基板」の魔術
基板のコストは「取り数(1枚の大きなシートから何枚の基板が取れるか)」で決まります。
実装効率を上げるために複数の基板を繋げた「集合基板(面付け)」にする際、捨て基板(マウンターが掴むための枠)のサイズや配置を工夫することで、材料の無駄を極限まで減らすことが可能です。
実装会社に見積もりを依頼する前に、「最も効率的な面付けサイズはいくつか」と相談してください。彼らは自社の設備の最大サイズを知り尽くしています。
この事前相談だけで、基板単価と実装工賃の両方を数%から10%以上削減できるケースは珍しくありません。
実装難易度を下げる部品選定のコツ
設計者は最新の小型部品を使いたがる傾向にありますが、不必要に小さな部品(0402サイズなど)や、足のピッチが極端に狭いQFNなどは、実装難易度を上げ、検査コストを増大させます。
基板のスペースに余裕があるならば、あえて一回り大きな部品や、リードのある部品を選定することで、歩留まりが向上し、結果としてトータルコストが下がります。「実装しやすさ(DFM: Design For Manufacturing)」を意識した設計こそが、最強のコストダウン手法です。
参考リンク:
一般社団法人 日本電子回路工業会(JPCA) – 電子回路実装技術の標準化を行っている団体
一般社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA) – 電子部品やデバイスの規格策定を行う団体
まとめ

基板実装の見積もりは、単なる価格表ではありません。
そこには、その工場の技術レベル、品質管理への姿勢、そしてリスクに対する考え方がすべて数値化されて表れています。
提示された金額の安さだけに飛びつくのではなく、今回解説した「イニシャル費」「ランニング費」「管理費」の内訳を精査し、不明点は遠慮なく質問してください。
まともなEMSであれば、各費用の根拠を論理的に説明できるはずです。見積もりの透明性こそが、信頼できるパートナー選びの最初の試金石となります。
もし、特定の技術要件に対するコスト感や、海外工場との比較などでお悩みであれば、信頼できる専門機関やコンサルタントにセカンドオピニオンを求めるのも一つの手段です。
適切な知識武装で、貴社のプロジェクトを成功に導いてください。

