
航空宇宙産業において、電子基板の実装品質は単なる「動作確認」のレベルを超え、人命や国家プロジェクトの成否に直結する極めて重要な要素です。
上空数万フィートを飛行する航空機や、過酷な宇宙空間に投入される人工衛星において、たった一つのはんだ付けの不具合がミッション全体を失敗させる可能性があります。
本記事では、航空宇宙分野の基板実装において必須となる認定規格(JIS Q 9100、Nadcapなど)の解説から、IPC Class 3に求められる技術的要件、そして信頼できるパートナー選定のポイントまで、専門的な視点で網羅的に解説します。
調達担当者や品質保証エンジニアの方が、自信を持ってプロジェクトを推進できるための判断材料を提供します。
航空宇宙向け基板実装が「民生品」と決定的に異なる3つの理由
スマートフォンや家電製品などの民生用電子機器と、航空宇宙用電子機器では、求められる品質の定義が根本的に異なります。
なぜ航空宇宙分野ではこれほどまでに厳格な規格や認定が必要とされるのか、その背景にある環境要因とリスク要因を整理します。
極限環境への耐性(振動・衝撃・熱真空・放射線)
航空機やロケット、人工衛星は、地上では想定できない過酷な環境にさらされます。
例えば、ロケット打ち上げ時の激しい振動とG(加速度)、航空機の離着陸時の衝撃、そして宇宙空間におけるマイナス100度からプラス100度以上に及ぶ激しい温度サイクルです。
これらの環境下では、一般的なはんだ接合部には大きな熱応力や物理的ストレスがかかります。
民生品レベルの実装品質では、微細なクラックが瞬時に進展し、断線や接触不良を引き起こすリスクが高まります。
そのため、実装プロセスにおいては、材料の熱膨張係数(CTE)のマッチングや、フィレット形成の最適化など、物理的な耐久性を担保するための高度な技術が要求されます。
修理・交換が不可能であるという制約
特に人工衛星や深宇宙探査機の場合、一度打ち上げてしまえば、故障した基板を交換しに行くことは事実上不可能です。
航空機の場合も、飛行中の故障は許されず、地上でのメンテナンス頻度を下げることは運航コスト(エアラインの利益)に直結します。
「出荷時点で良品であること」はもちろんですが、「運用期間終了まで機能を維持し続けること」が絶対条件となります。
このため、製造工程における全数検査はもちろん、潜在的な欠陥をあぶり出すためのスクリーニング試験(バーンイン試験や熱衝撃試験など)が必須となります。
20年、30年を超える長期信頼性の保証
航空宇宙機器の製品ライフサイクルは非常に長期にわたります。
航空機であれば20年から30年運用されることは珍しくありません。この長い期間、電子回路が正常に動作し続けるためには、経年劣化に対する深い知見が必要です。
例えば、はんだの金属疲労、絶縁材料の劣化、イオンマイグレーションによる短絡などのリスクを設計・製造段階で排除しなければなりません。
部品の生産中止(EOL)管理も含め、数十年にわたるトレーサビリティ(追跡可能性)を確保できる体制が、実装工場には求められます。
航空宇宙防衛産業で必須となる主要な認定規格と品質マネジメントシステム
航空宇宙分野で基板実装を委託する場合、サプライヤーが保有している「認定」は、その企業の能力と信頼性を客観的に証明する最も重要な指標です。
ここでは主要な規格について解説します。
JIS Q 9100 (AS9100 / EN9100) – 航空宇宙品質マネジメントの基礎
JIS Q 9100は、ISO 9001をベースに、航空宇宙防衛産業特有の要求事項を追加した品質マネジメントシステム規格です。
米国ではAS9100、欧州ではEN9100として知られており、これらは技術的に同等であり相互承認されています。
この規格を取得していることは、航空宇宙関連の仕事をするための「入場券」と言えます。ISO 9001との最大の違いは、リスクマネジメント、構成管理(コンフィギュレーション管理)、クリティカルアイテム(重要品目)の管理、そして偽造部品の防止などが厳格に規定されている点です。
実装工場を選定する際は、まずこのJIS Q 9100(またはAS9100)の認証取得有無を確認することが第一歩となります。
参考:一般財団法人 日本品質保証機構 (JQA) – JIS Q 9100 (https://www.jqa.jp/service_list/management/service/jisq9100/)
Nadcap(ナドキャップ) – 特殊工程における国際的な認証制度
Nadcapは、米国のPRI(Performance Review Institute)が運営する、航空宇宙産業における「特殊工程」の国際的な認証制度です。
JIS Q 9100が「品質管理の仕組み」に対する認証であるのに対し、Nadcapは「特定の製造工程(はんだ付け、熱処理、非破壊検査など)の技術的能力」そのものを審査します。
ボーイングやエアバスなどのプライムメーカーは、サプライヤーに対してNadcap認証の取得を義務付けているケースが多くあります。
基板実装においては、「Electronics (ETG)」カテゴリの認証が該当します。
Nadcapの審査は非常に厳格であり、世界中の専門家が現場で詳細な監査を行うため、この認証を持つ工場は世界トップレベルの技術力を持つと判断できます。
参考:Performance Review Institute (PRI) – Nadcap (https://p-r-i.org/nadcap/)
JAXA認定(JAXA-Q-170など)と国内固有の要求事項
日本の宇宙開発においては、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が定める認定制度も重要です。
JAXA共通部品や実装プロセスに関する認定があり、日本のロケットや衛星プロジェクトに参画する場合、これらの認定工場であることが要件となる場合があります。
JAXAの認定は、JIS Q 9100等をベースにしつつ、宇宙環境特有のさらに踏み込んだ技術的要求が含まれています。
例えば、はんだ付け工程の認定作業者制度や、特定の材料使用に関する制限などです。
国内の宇宙プロジェクトを目指す場合は、JAXA認定の有無、あるいはJAXA標準(JERGなど)に準拠した製造が可能かどうかが選定のポイントになります。
実装品質を左右する技術基準:IPC-A-610 Class 3の重要性
認定規格が「組織の信頼性」を示すものだとすれば、個々の製品の品質基準となるのがIPC規格です。
IPC(Association Connecting Electronics Industries)は電子回路の製造・実装に関する国際標準であり、航空宇宙分野では最も厳しい「Class 3」が適用されます。
Class 2とClass 3の決定的な違いと判断基準
IPC-A-610(電子組立品の許容基準)では、製品の用途に応じて3つのクラスが定義されています。
Class 1:一般民生電子機器(機能すれば良い)
Class 2:特定用途向け電子機器(連続的な性能が求められるが、故障が致命的ではない)
Class 3:高性能電子機器(ダウンタイムが許されず、過酷な環境で使用される)
航空宇宙・防衛・医療機器はClass 3に該当します。
Class 2とClass 3の最大の違いは、はんだ付けの「許容範囲」の狭さにあります。
例えば、部品のズレ、はんだの量(フィレットの高さ)、濡れ広がり方などにおいて、Class 3は極めて厳しい基準を設けています。
「辛うじてつながっている」状態はClass 2では許容されることがあっても、Class 3では不適合となります。
はんだフィレット形状とボイド率の管理
Class 3の実装において特に重視されるのが、理想的なフィレット形状です。リードフレームや電極に対して、はんだが十分かつ適切に濡れ上がっていることが、振動や熱衝撃に対する強度を保証します。
また、BGA(Ball Grid Array)などの底面電極部品においては、X線検査によるボイド(気泡)率の管理が重要です。
過度なボイドは接合面積を減少させ、放熱性を阻害し、クラックの起点となります。
Class 3準拠の工場では、X線CTなどの高度な検査装置を用い、ボイド率を規定値以下(通常は25%以下など、プロジェクトによりさらに厳格化される)にコントロールする能力が求められます。
参考:IPC – Association Connecting Electronics Industries (https://www.ipc.org/)
航空宇宙用基板実装における特有の技術課題と対策
一般的なSMT(表面実装)ラインを持っているだけでは、航空宇宙用の基板は製造できません。
この分野特有の技術課題に対処できる設備とノウハウが必要です。
アウトガス対策と洗浄・コーティングプロセス
宇宙空間(真空環境)において、基板上のフラックス残渣や接着剤、コーティング材から揮発成分(ガス)が発生することを「アウトガス」と呼びます。
発生したガスは、衛星の光学レンズやセンサーに付着し、性能を著しく低下させる原因となります。
これを防ぐため、実装後の基板は徹底的な洗浄プロセスを経る必要があります。
高純度な洗浄液と精密な洗浄装置を用い、イオン残渣レベルまで管理された清浄度が求められます。
また、防湿・絶縁のためのコンフォーマルコーティング(防湿剤塗布)においても、アウトガスの少ない宇宙グレードの材料選定と、気泡を含まない均一な塗布技術が不可欠です。
鉛フリーはんだとウィスカ対策(Pbフリー vs 共晶はんだ)
環境規制(RoHS指令など)により、地上の電子機器はほぼ全て鉛フリーはんだに移行しています。
しかし、航空宇宙分野では依然として「鉛入り(共晶)はんだ」が使用されるケースが多くあります。
その最大の理由は「スズウィスカ(Tin Whisker)」のリスク回避です。
純スズめっきからは、針状の結晶(ウィスカ)が成長し、これがショートを引き起こす可能性があります。
宇宙空間ではウィスカによるショートは致命的です。また、共晶はんだは長年の実績があり、熱疲労特性のデータが豊富であることも理由の一つです。
サプライヤー選定においては、鉛フリーラインとは完全に分離された「共晶はんだ専用ライン」を持っているか、あるいは鉛フリーはんだを使用する場合のウィスカ対策(アンダーフィルやコーティングなど)について十分な知見を持っているかを確認する必要があります。
失敗しない航空宇宙基板実装パートナー(EMS)の選定基準
ここまでの技術的要件を踏まえ、最終的にどのようなパートナーを選ぶべきか。
認証書やウェブサイトの情報だけでは見えない、現場レベルでの選定ポイントを挙げます。
認証取得だけで判断してはいけない「現場力」の見極め方
JIS Q 9100やNadcapを持っていることは前提条件ですが、それだけで品質が保証されるわけではありません。
重要なのは、そのシステムが現場の作業員一人ひとりにまで浸透しているかです。
工場監査(オーディット)の際は、以下の点に注目してください。
作業標準書の閲覧性:作業者の手元に最新の図面や指示書があり、実際にそれを確認しながら作業しているか。
5Sの徹底:微細な異物混入(FOD:Foreign Object Debris)を防ぐため、作業エリアは徹底的に清掃・整理されているか。
教育訓練記録:はんだ付け作業者がIPCやJAXAの認定資格を有しており、定期的なスキル更新が行われているか。
トレーサビリティと文書管理能力
航空宇宙産業では、「いつ、誰が、どの部材を使って、どのような設備条件で作ったか」を完全に追跡できるトレーサビリティが命です。
部品の受入検査記録(ミルシートやCoC)、使用したはんだペーストのロット番号と可使時間管理、リフロー炉の温度プロファイル記録、AOI(自動外観検査)やX線検査の判定ログなど、膨大なデータを紐付けて管理できるITシステムや体制があるかを確認してください。
万が一トラブルが起きた際、数時間以内に該当する記録を提出できる能力が、信頼できるパートナーの証です。
まとめ
航空宇宙分野における基板実装は、単なる製造工程ではなく、極限環境におけるミッションの成功を約束するための「品質保証プロセス」そのものです。
JIS Q 9100やNadcapといった認証は重要な基盤ですが、真の信頼性は、IPC Class 3基準の遵守、アウトガスやウィスカといった特有の課題への深い理解、そして徹底したトレーサビリティ管理によって支えられています。
コストも重要な要素ですが、打ち上げ失敗や飛行中のトラブルによる損失は、製造コストの比ではありません。
技術的な対話ができ、品質に対する哲学を共有できるパートナーを選ぶことこそが、プロジェクト成功への最短ルートとなります。

