【調査報告書】円安時代における基板実装(PCBA)の海外調達戦略:国内回帰と海外生産の損益分岐点に関する包括的分析

目次

1. 序論:円安定着とグローバルサプライチェーンの構造変化

1.1 歴史的転換点としての「1ドル150円」時代

日本の製造業、とりわけエレクトロニクス産業は、長きにわたり「円高」を前提としたビジネスモデルを構築してきました。

1985年のプラザ合意以降、断続的に進行した円高は、輸出競争力を削ぐ一方で、海外からの調達コストを押し下げる要因となり、生産拠点の海外移転(オフショアリング)を加速させました。

特にプリント基板実装(PCBA: Printed Circuit Board Assembly)の分野においては、労働集約的な工程が多いことから、人件費の安い中国や東南アジアへの生産委託が「正解」とされる時代が長く続きました1

しかし、2022年以降の急激な円安進行は、この前提を根底から覆しました。

FRB(米連邦準備制度理事会)と日銀の金融政策の乖離に端を発した為替変動は、一時的な現象に留まらず、構造的な「円安時代」の到来を示唆しています。

1ドル110円台で最適化されていたサプライチェーンは、150円台〜160円台の環境下では機能不全を起こし始めています。

海外調達におけるコストメリットは、為替差損によって急速に侵食され、かつてのような「海外で作れば安い」という単純な図式はもはや成立しなくなっています。

1.2 「失われた30年」の終焉とインフレの波及

円安と同時に進行しているのが、グローバルなインフレです。特に、かつて「世界の工場」と呼ばれた中国、そして「チャイナ・プラス・ワン」の受け皿となったベトナムやタイなどのASEAN諸国において、人件費やエネルギーコストの上昇が顕著です。

一方で日本国内は、長らく賃金が停滞していた結果、相対的に「労働コストの安い国」となりつつあります。

このパラダイムシフトは、基板実装の調達戦略においても、国内回帰(リショアリング)や生産拠点の再配置を検討する契機となっています5

1.3 本報告書の目的と構成

本報告書は、円安と海外コスト上昇という二重の逆風に直面する日本の製造業、特に調達・購買部門の意思決定者を対象に、基板実装における「国内調達」と「海外調達」の損益分岐点(ブレークイーブンポイント)を包括的に分析するものです。

単なる表面的な加工費の比較に留まらず、部材調達コスト(BOMコスト)、物流費、関税、管理コスト、品質リスク、そして地政学的リスクを含めた「トータルランディングコスト(Total Landed Cost)」の観点から、どの程度のロットサイズ、どのような製品特性において、国内回帰のメリットが出るのかを定量・定性の両面から詳らかにします。


2. マクロ経済環境分析:為替・インフレ・金利のトライアングル

基板実装のコスト構造を理解するためには、その背景にあるマクロ経済の動向を無視することはできません。

ここでは、為替、海外の賃金上昇、そして物流事情という3つの側面から、調達環境の変化を分析します。

2.1 構造的円安のメカニズムと長期展望

2022年から始まった円安は、単なる日米金利差の拡大だけでなく、日本の貿易赤字の定着(デジタル赤字含む)や、企業の海外投資収益の現地再投資(日本への還流減少)など、需給要因に基づく構造的な側面を持っています2。

基板実装業界において、この円安は二重の打撃を与えています。

第一に、基板材料(銅張積層板)や電子部品(半導体、コンデンサ等)の多くは海外市場価格(ドル建て)に連動しているため、国内で調達する場合でも輸入コスト増として跳ね返ってきます。

第二に、海外EMS(Electronics Manufacturing Service)に委託する場合、加工費や管理費も外貨建て(あるいは為替リスクを乗せた円建て)となるため、円の購買力低下が直接的に調達コストを押し上げます。

2.2 アジア諸国の賃金上昇と労働市場の変化

かつて日本の製造業がこぞって進出したアジア諸国の労働市場は、劇的な変化を遂げています。

  • 中国の変貌:中国の製造業平均賃金は過去10年で倍増しており、沿岸部では月額1,000ドルを超えるケースも珍しくありません。生産年齢人口の減少と、若年層の製造業離れも深刻化しており、「安価な労働力」を求めて中国に進出する時代は完全に終わりました。
  • ベトナムの賃金インフレ:ポスト中国として注目されたベトナムでも、賃金上昇圧力が強まっています。2025年には最低賃金の大幅な引き上げが見込まれており、社会保険料などの雇用者負担も含めると、人件費のメリットは年々縮小しています。特にハノイやホーチミン近郊では、外資系企業の進出ラッシュにより人材の争奪戦が起きており、離職率の高さも隠れたコスト要因となっています。
  • 日本の相対的地位:対照的に、日本国内の賃金上昇率は、最近の春闘で高い伸びを示しているものの、海外の急激なインフレと比較すれば緩やかです。ドル換算で見た場合、日本の労働コストは先進国中で最も低い水準にあり、生産性の高い自動化ラインを持つ日本工場の方が、人海戦術に頼る海外工場よりも単位当たりの加工費が安くなるケースが出てきています。

全国の基板実装会社一覧

2.3 物流コストの高止まりと「2024年問題」

国際物流コストは、コロナ禍の混乱期ほどの異常値ではないものの、地政学的リスク(紅海情勢など)や原油価格の変動により、高止まりと不安定さを増しています。

海上輸送コンテナ運賃(SCFI)の変動は、低単価・大容量の製品にとっては利益率を大きく左右する要因です。

一方、日本国内でも物流の「2024年問題」(トラックドライバーの時間外労働規制強化)が顕在化しており、国内輸送費の上昇が懸念されています。

しかし、海外調達におけるリードタイムの長さ(船便で2週間〜1ヶ月)と在庫金利コストを考慮すれば、国内物流のコスト増を差し引いても、リードタイム短縮によるキャッシュフロー改善効果の方が大きい場合があります。


3. PCBA(基板実装)コスト構造の解剖学:真のコストドライバー

「海外調達は安い」という固定観念を脱却するためには、PCBAのコストが何で構成されているかを詳細に分解する必要があります。

一般的に、PCBAのコストは「材料費(BOM)」「加工費(Assembly)」「固定費(NRE)」「管理・物流費」に大別されます。

3.1 材料費(BOM):ドル建て経済圏の支配

PCBAコストの60%〜80%を占めるのが、電子部品やプリント基板(PCB)そのものの材料費です。

ここで重要な事実は、「電子部品の主要な取引通貨は米ドルである」ということです。

村田製作所のコンデンサであれ、Texas InstrumentsのICであれ、グローバルな市場価格はドルで決定されます。

  • 海外調達の場合:海外EMSは部品をドル(または現地通貨)で調達します。円安局面では、日本企業がそのコストを円換算して支払う際に、為替レートの影響を100%受けます。
  • 国内調達の場合:国内の電子部品商社から購入する場合でも、輸入品であれば為替の影響を受けますが、商社が為替予約などでヘッジしている場合や、長期的契約によりレート変動の影響を緩和できる場合があります。また、国内メーカー品を国内で調達する場合、物流費や関税がかからない分、安価になる可能性があります。

3.2 加工費(Labor & Machine):自動化による逆転現象

加工費は、生産数量と自動化率に大きく依存します。

  • SMT(表面実装)工程:現代のPCBAの主役であるSMT工程は、マウンター(実装機)による高度な自動化が行われています。ここでは人件費の比率は低く、むしろ設備の償却費や稼働率がコストを決定します。日本の工場は早くから自動化投資を行っており、少人数のオペレーターで高速ラインを回す効率性を持っています。そのため、SMT中心の基板であれば、人件費の高い日本でも、海外とのコスト差は意外なほど小さくなります。
  • DIP(挿入実装)・組立工程:コネクタや大型部品の手挿入、あるいは筐体への組み込みが必要な工程は、依然として労働集約的です。この部分の比率が高い製品(電源基板や白物家電向けなど)では、ベトナムなどの低賃金国が圧倒的なコスト競争力を持ちます。

3.3 固定費(NRE):イニシャルコストの罠

海外調達、特に中国EMSの場合、量産を前提としたビジネスモデルが主流であるため、イニシャルコスト(NRE)が高額になる傾向があります。

  • メタルマスク(ステンシル)代
  • プログラム作成費
  • 検査治具(ICT/FCT)作成費これらは「固定費」であるため、発注数量が少ないほど、1台あたりの製品単価に重くのしかかります。小ロット生産においては、これらの固定費が加工費そのものを上回ることさえあります。日本の小ロット対応EMSは、こうしたNREを低く抑えるノウハウ(共用治具の活用など)を持っていることが多く、少量生産時のトータルコストを下げる要因となります。

3.4 隠れたコスト(Hidden Costs):見えない出血

見積書(Quote)には現れないコストこそが、海外調達の採算を悪化させる真犯人です。

  • 品質対応コスト:不良品が発生した際、海外工場へ返品・修理させるには往復の輸送費と時間がかかります。結局、日本国内で自社のエンジニアが手直し(リワーク)することになり、その人件費は莫大です。
  • コミュニケーションコスト:仕様の確認、納期調整、トラブル対応のために、英語や現地語でのやり取りが必要です。時差や文化的背景の違いによる誤解を防ぐためのマイクロマネジメントに費やす時間は、無視できない人件費となります。
  • 在庫コスト:海外調達はリードタイムが長いため、欠品を防ぐために安全在庫を多く持つ必要があります。これはキャッシュフローを悪化させ、保管スペースのコストや、設計変更時の廃棄ロス(死蔵在庫)のリスクを高めます。

4. 主要生産拠点の競争力比較分析(2026年版)

現在、日本企業がPCBAの委託先として検討すべき主要な選択肢は、中国、ASEAN(ベトナム・タイ)、そして日本国内です。それぞれの強みと弱みを比較します。

比較項目日本 (国内)中国 (沿岸部)ベトナム
人件費水準高 (ただしドル建てでは割安感あり)中〜高 (年々上昇中)低〜中 (上昇圧力強)
部品調達力中 (商社網は充実、輸入依存あり)最強 (現地サプライチェーン完結)弱 (多くを中国からの輸入に依存)
技術力・品質 (微細実装、多層基板に強み)高 (量産技術は成熟)中 (単純実装は問題なし)
リードタイム (輸送日数1-2日)中 (海上輸送2週間程度)中 (海上輸送2-3週間)
小ロット対応柔軟 (試作〜中量産が得意)苦手 (MOQ要求が厳しい)苦手 (大量生産志向)
地政学リスク低 (自然災害リスクはあり) (米中対立、台湾有事リスク)中 (電力不足、インフラ未整備)
関税リスク有 (対米輸出時の追加関税)低 (FTA網が充実)

4.1 中国:世界の工場からの脱却と高付加価値化

中国は依然として世界最大のPCB生産国であり、圧倒的なサプライチェーンの集積を持っています。

深センや蘇州などの集積地では、基板製造から部品調達、実装までが半径数十キロ圏内で完結するため、スピードと量産コストにおいては他を圧倒します。

しかし、人件費の高騰と米中対立の影響により、もはや「低コスト生産拠点」ではありません。

中国のEMS自体も、AIサーバーやEV向けなどの高付加価値製品へとシフトしており、日本の小ロット・中価格帯の案件は優先順位が下がっています。

また、対米輸出製品の場合、中国で実装すると25%の追加関税(Section 301)が課されるリスクがあり、サプライチェーンのデカップリングが求められています22。

4.2 ベトナム:チャイナプラスワンの筆頭とインフラの課題

ベトナムは、中国からの生産移管先として最も人気があります。

賃金は中国の半分程度であり、労働力も豊富です。

しかし、弱点は「部材産業の未成熟」です。抵抗やコンデンサ、基板材料の多くを中国からの輸入に依存しているため、部品を中国からベトナムへ輸送する物流費と時間がかかります(VMI倉庫などの活用で緩和は可能ですが、コストはかかります)。

また、電力不足による計画停電のリスクや、通関手続きの煩雑さなど、インフラ面での隠れたコストが存在します。

4.3 日本国内:品質・納期・安心感の再評価

日本国内のEMSは、円安を追い風に競争力を取り戻しています。

特に、産業機器、医療機器、車載機器などの「多品種少量生産(HMLV: High Mix Low Volume)」においては、段取り替えの速さや、細やかな顧客対応力が強みとなります。

自動化設備の償却が進んでいる工場も多く、SMT主体の基板であれば、物流費を含めたトータルコストで海外と互角以上に戦えるケースが増えています。


5. 損益分岐点(ブレークイーブンポイント)の定量的・定性的分析

本報告書の核心である「コストメリットが出る分岐点はどこか?」について、具体的なシミュレーションと定性的な分析を行います。

5.1 ロットサイズによる分岐点: 「1,000台」の壁

調査結果と業界の一般的なコスト構造から、「1ロットあたり1,000台〜3,000台」が、国内と海外のコストメリットが逆転する一つの目安(閾値)であると分析されます。

シナリオA:小ロット生産(1ロット 100台〜500台)

この領域では、日本国内生産が圧倒的に有利です。

  • 理由:海外生産の場合、固定費(NRE)や輸送費(ミニマムチャージ)、通関手数料などの固定的な経費を少数の製品で案分するため、1台あたりのコストが跳ね上がります。また、海外EMSは少ロット案件に対して高い管理マージンを乗せるか、そもそも受注を拒否する傾向があります(MOQの壁)。
  • 試算:例えば、管理費や輸送費等の諸経費が1案件あたり30万円かかると仮定します。500台の場合、1台あたり600円のコスト増となります。一方、国内であれば輸送費等は数万円で済みます。この差額だけで、加工費の差(例えば日本が100円高くても)を十分に相殺できます。

シナリオB:中量産(1ロット 1,000台〜5,000台)

この領域が「グレーゾーン」であり、製品特性によって判断が分かれます。

  • 国内有利のケース:実装点数が多く、かつSMT化率が高い(90%以上)製品。自動機による高速実装が可能で、人件費の差が出にくいため、物流費のかからない日本が有利になります。また、基板サイズが大きく重量がある場合も、空輸コストが高くなるため国内が有利です。
  • 海外有利のケース:手挿し部品が多い、ケーブル配線や筐体組立を含む製品。労働集約的な工程が多いほど、ベトナム等の人件費メリットが活きてきます。

シナリオC:大量生産(1ロット 10,000台以上)

この領域では、依然として海外(特に中国・ASEAN)が有利です。

  • 理由:固定費や物流費が大量の台数で薄まるため、無視できるレベルになります。また、中国等の現地で部品を大量調達することによるボリュームディスカウント(バイイングパワー)が効いてくるため、材料費自体の低減効果が大きくなります。

5.2 技術的複雑性とリードタイムの分岐点

コストだけでなく、「時間」と「品質」も分岐点の要素となります。

  • 開発段階・立ち上げ期:設計変更が頻繁に発生する段階では、エンジニアが即座に現場に行ける国内工場が必須です。海外での立ち上げは、渡航費やサンプル輸送のタイムラグが開発スピードを殺してしまいます。
  • 安定量産期:仕様が完全に固まり、変更がない段階であれば、海外へ移管するメリットが出ます。

5.3 トータルランディングコスト(TLC)モデルによる評価

調達担当者は、以下の計算式で比較を行うべきです。

国内コスト = (部品費) + (国内加工費) + (国内輸送費)

海外コスト = (部品費 × 為替レート) + (海外加工費 × 為替レート) + (国際輸送費) + (輸入諸掛かり) + (関税) + (管理見えないコスト) + (在庫金利)

円安下(1ドル150円)では、海外コストの「× 為替レート」の部分が1.5倍に膨れ上がっています。

さらに「管理見えないコスト(トラブル対応、渡航費など)」を案件総額の5%〜10%程度として見積もるのが現実的です。

これらを積み上げると、かつては「加工費が半額だから海外」と判断していた案件でも、実は国内の方が安かった、という逆転現象が頻発しています。


6. 地政学リスクとサプライチェーンセキュリティ

コスト計算だけでは見えてこない、現代特有のリスク要因について詳述します。

6.1 米中貿易摩擦とセクション301関税

日本企業がPCBAを組み込んだ最終製品を米国に輸出する場合、そのPCBAがどこで製造されたかが極めて重要になります。

米国通商法301条(Section 301)に基づき、中国原産の特定の電子部品や組立品には、通常の関税に加えて25%(品目によってはそれ以上)の追加関税が課されます。

この25%の関税は、製造コストの削減努力を一瞬で無にするインパクトがあります。

したがって、北米市場向けの製品に関しては、中国生産はコストメリットどころか致命的なコスト増となるため、日本国内またはベトナム・タイ等への生産移管が必須となります。

6.2 台湾有事リスクとBCP

台湾海峡の緊張が高まる中、日本の電子産業が依存している台湾・中国のサプライチェーンが寸断されるリスク(台湾有事)が現実味を帯びて議論されています。

PCBAにおいても、台湾製半導体や中国製プリント基板が入手困難になるシナリオを想定する必要があります。

BCP(事業継続計画)の観点から、全ての生産を海外に依存するのではなく、国内に「マザー工場」や「第二の生産拠点」を確保しておくことは、コストを超えた経営課題となっています。

6.3 輸入消費税とキャッシュフロー

海外からPCBAを輸入する際、通関時に関税は無税(多くの電子部品・基板はWTO協定等により無税)であっても、輸入消費税(10%)は支払う必要があります。

もちろん、これは確定申告時に仕入税額控除として還付・相殺されますが、輸入の都度現金を支払う必要があるため、中小企業にとっては資金繰り(キャッシュフロー)への圧迫要因となります。

国内調達であれば、支払いは掛取引(締め支払い)の中に消費税が含まれるため、キャッシュフローの影響は軽微です。


7. ケーススタディ:国内回帰とハイブリッド戦略の実践

実際に、円安や地政学リスクを受けて調達戦略を見直した企業の事例を分析します。

7.1 アイリスオーヤマ:有事の供給網再構築

生活用品大手のアイリスオーヤマは、コロナ禍におけるマスク不足の教訓と、政府のサプライチェーン対策補助金を活用し、中国に依存していたマスク生産の一部を宮城県の角田工場に国内回帰させました。

  • 戦略のポイント:同社は中国からの完全撤退をしたわけではありません。中国工場は中国市場およびグローバル市場向け、日本工場は日本市場向けという「地産地消」体制を確立しました。
  • 基板実装への示唆:PCBAにおいても、全量を国内に戻すのではなく、リスク分散として国内比率を引き上げる「チャイナ・プラス・ジャパン」の考え方が有効であることを示しています。また、国内回帰にあたっては徹底した自動化投資を行い、人件費高騰を吸収するモデルを構築しています。

7.2 JVCケンウッド:「マザー工場」としての国内回帰

JVCケンウッドは、カーナビなどの車載機器生産において、一部をインドネシアや中国から日本の長野工場などに戻す動きを見せています。

  • 戦略のポイント:単なるコスト比較だけでなく、国内拠点を「マザー工場」と位置づけ、生産技術の革新や自動化ノウハウを蓄積する場としています。ここで確立した効率的な生産ラインを海外に展開する(コピーする)ことで、グローバル全体のコスト競争力を高める戦略です。
  • 基板実装への示唆:高難易度の基板や新製品の立ち上げは国内で行い、枯れた技術や大量生産品は海外へ、という役割分担が、品質とコストのバランスを保つ鍵となります。

7.3 OKI:EMS事業における高付加価値化

OKIは、自社のEMS事業において「Advanced M&EMS」を掲げ、単なる受託生産ではなく、設計・調達から製造までを一貫して請け負う高付加価値化を推進しています。

  • 戦略のポイント:海外拠点を低コスト生産の場としてだけでなく、「Global Innovation Hub」として活用しようとしています。これは、海外調達においても、単に安い部材を探すだけでなく、現地のスタートアップ技術などを取り込むオープンイノベーションの視点が重要になってくることを示唆しています。

8. 調達戦略への提言:円安時代を生き抜くためのロードマップ

以上の分析に基づき、調達マネージャーがとるべき具体的なアクションプランを提言します。

8.1 「調達ポートフォリオ」の最適化

「海外一辺倒」でも「国内回帰一辺倒」でもなく、製品のライフサイクルとロットサイズに応じたポートフォリオを組むことが重要です。

製品フェーズ推奨生産地理由
試作・開発日本スピード優先。設計者との密な連携が必要。
立ち上げ・初期流動日本品質安定化までの手戻りを最小化。
成長期(中量産)日本 / ベトナム自動化率が高ければ日本。労働集約ならベトナム。
成熟期(大量産)中国 / ASEAN徹底したコストダウンと部材調達力を活用。
保守・EOL日本小ロット対応、金型保管等の観点から国内が柔軟。

8.2 設計段階からのコスト作り込み(DFM/DFT)

調達コストを下げる最大のレバーは、実は「設計」にあります。

  • 部品の共通化・標準化:入手性の高い標準部品を採用し、BOMコストを下げる。
  • 基板層数の削減:設計を工夫して、6層基板を4層にするだけで、基板単価は20〜30%下がります。
  • SMT化率の向上:手挿入部品を極力SMT部品に置き換えることで、人件費の高い日本での生産でもコスト競争力を出せるようにします。

8.3 商社機能と為替ヘッジの活用

中小企業が個別に為替リスクを管理するのは困難です。

電子部品商社やEMSが持つ調達網を活用し、円建てでの契約交渉を行う、あるいは商社の持つグローバル在庫を活用してリードタイムを短縮するなど、外部リソースを有効活用すべきです。

商社を通すマージンよりも、為替変動リスクや在庫リスクを回避するメリットの方が大きい場合があります。

8.4 DXによる調達プロセスの効率化

海外調達の隠れたコストである「コミュニケーション」や「見積もり取得の手間」を削減するために、オンラインの自動見積もりサービスや、サプライチェーン管理システム(SCM)を導入することも有効です。

部品在庫の可視化や、代替品の自動提案機能を持つツールを活用することで、調達業務の生産性を高めることができます。


9. 結論:新たな均衡点への適応

「円安時代の海外調達」に対する答えは、かつてのように単純ではありません。

コストメリットが出る分岐点は、「ロットサイズ 1,000台〜3,000台」付近にシフトしており、それ以下の小ロット・多品種生産においては、日本国内での調達が経済合理的である可能性が極めて高まっています。

トータルランディングコスト(TLC)の視点で見れば、1ドル150円の為替レートは、海外生産のメリット(安い加工費)を、高騰した輸入コストと物流費、そして管理コストが相殺してしまう水準です。

特に北米向け輸出製品における関税リスクや、サプライチェーンの寸断リスクを考慮すれば、国内回帰は単なる「コスト高の許容」ではなく、「経営の安定化と競争力の源泉」となり得ます。

調達担当者は、過去の成功体験である「オフショア信仰」を捨て、為替、インフレ、地政学リスクを総合的に勘案した「ハイブリッド調達」へと舵を切るべき時が来ています。

国内の自動化技術と、海外のスケールメリットを使い分ける柔軟性こそが、不確実な時代における最強のコストダウン戦略となるでしょう。


表1:コスト構造比較シミュレーション(1ロット1,000台、SMT主体基板の場合)

※為替1ドル=150円、中国加工費$6.5/h、日本加工費¥3,000/hと仮定

項目日本生産 (円)中国生産 (円換算)判定
部品費 (BOM)2,000,0001,900,000中国有利 (5%安いと仮定)
加工費500,000300,000中国有利 (安価だが差は縮小)
初期費用 (NRE)100,000200,000日本有利 (小ロット向け)
物流費・梱包20,000150,000日本圧倒的有利
輸入諸掛・関税050,000日本有利
管理コスト (5%)130,000300,000日本有利 (工数減)
合計コスト2,750,0002,900,000日本国内が逆転勝利

※このシミュレーションは一例であり、実際の製品仕様により異なりますが、小中ロットでは「隠れコスト」と「物流費」が人件費差を覆す典型的なパターンを示しています。

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