

地上で動作する電子機器と、宇宙空間で動作する人工衛星の電子機器とでは、その信頼性に求められるハードルが根本的に異なります。
ひとたびロケットで打ち上げられた人工衛星は、基本的に修理が不可能です。
たった一つの「はんだ付けの不備」が、数百億円規模のプロジェクトを無に帰すことさえあります。
本記事では、JAXA(宇宙航空研究開発機構)やNASA(アメリカ航空宇宙局)が定める世界最高峰の品質基準である「宇宙品質のはんだ付け」について解説します。
製造現場のプロフェッショナルから、高信頼性の設計を学びたい中級者の方までを対象に、その過酷な基準と具体的な作業プロセスを詳述します。
この記事を読むことで、宇宙用機器がなぜ壊れないのか、その裏側にある精密な技術体系を理解することができます。
1. 宇宙品質の定義と背景:なぜ「特別」な基準が必要なのか
宇宙品質とは、真空、極端な温度変化、強力な放射線、そして打ち上げ時の激しい振動という「極限環境」において、10年以上の長期間にわたり確実に動作し続けるための品質基準を指します。
1-1. はんだ付けにおける宇宙規格の正体
現在、世界的に広く参照されているのは以下の規格です。
- IPC J-STD-001FS:電子組立品の要件に関する国際標準IPC J-STD-001の「宇宙アプリケーション用補足資料」です。NASAはこの規格を全面的に採用しています。
- JAXA-QTS-2030:JAXAが独自に定める宇宙用はんだ付けの工程標準です。日本国内の宇宙関連基板は、この基準に基づいて製造されます。
- JERG-0-043:JAXAが定める表面実装はんだ付けに特化した標準です。
1-2. なぜ民生用基準では通用しないのか
一般的なスマートフォンや家電製品に使われるClass 1やClass 2の基準では、宇宙ではすぐに故障が発生します。
その理由は大きく分けて3つあります。
- 修理不能性:宇宙空間では人の手によるメンテナンスができません。故障がそのまま「ミッション終了(衛星の喪失)」に直結します。
- 真空環境:真空下では物質が揮発する「アウトガス(Outgassing)」が発生します。はんだ付けに使用するフラックスや洗浄剤が気化し、光学レンズを曇らせたり、絶縁破壊を起こしたりするリスクがあります。
- 熱サイクルの激しさ:人工衛星は90分ごとに地球を一周し、太陽光が当たる面は100℃を超え、影の面はマイナス100℃を下回ることもあります。この激しい熱膨張と収縮により、はんだ接合部に巨大なストレスがかかり、亀裂(クラック)が生じやすくなります。
2. 具体的な仕組み:宇宙品質を実現する設計と材料の制約
宇宙用基板のはんだ付けは、単に「美しく付ける」だけでは不十分です。
材料選定から形状、接合部の構造に至るまで、科学的な根拠に基づいた厳格な制約が存在します。
2-1. はんだ組成の選択:なぜ今も「鉛入り」なのか
現在の民生品は環境保護(RoHS指令)のために鉛フリーはんだ(主にSn-Ag-Cu系)が主流ですが、宇宙開発においては依然として「共晶はんだ(Sn63/Pb37:スズ63%、鉛37%)」が標準的に使用されます。
- スズ・ウィスカの抑制:純度の高いスズ(鉛フリーはんだ)を使用すると、時間経過とともに針状の結晶(ウィスカ)が成長し、短絡(ショート)を引き起こす恐れがあります。鉛を混合することで、このウィスカの成長を劇的に抑制できます。
- 融点と信頼性:共晶はんだは融点が約183℃と低く、部品への熱ストレスを抑えられます。また、長年の実績データが豊富であり、宇宙空間での挙動が完全に予測可能であることも採用の理由です。
2-2. ストレス緩和構造(ストレスリリーフ)
宇宙用基板で最も特徴的なのが「ストレスリリーフ」と呼ばれる設計です。
部品のリード線(足)を基板に直接はんだ付けする際、リード線にわざと「U字型」や「クランク型」の曲げ加工を施します。
- 目的:基板とはんだ、部品の熱膨張係数が異なるため、温度変化時に各部が異なる量だけ伸び縮みします。リード線に遊び(ループ)を持たせることで、この膨張差を吸収し、はんだ接合部にかかる応力を逃がします。
- 基準:JAXA規格では、リード線の曲げ半径や直線部分の長さまで細かく規定されており、曲げ部分がはんだの中に埋まってはならないとされています。
2-3. 理想的なフィレット形状
はんだ接合部の形状(フィレット)にも厳しい合格基準があります。
- 濡れ角(Wetting Angle):はんだが部品やパッドになじんでいる角度を指します。宇宙品質では、濡れ角が90度以下であることが求められます。これは、はんだが母材と十分に合金層を形成している証拠です。
- フィレットの高さ:スルーホール(基板の穴)実装の場合、はんだが基板の裏側までしっかりと突き抜け、表面でも円錐状のきれいな裾野を形成している必要があります。
3. 作業の具体的な流れ:宇宙品質基板が完成するまでの5ステップ
宇宙用基板の製造は、認定を受けた高度な技能を持つ作業者(認定作業者)のみが行うことができます。
ステップ1:材料の検証とクリーニング
すべての部品はシリアル番号で管理され、製造履歴(トレーサビリティ)が確保されます。
- 基板と部品の脱脂洗浄:指紋や油脂がわずかでも残っていると、宇宙でのアウトガスの原因になるため、高純度のイソプロピルアルコール(IPA)等で徹底的に洗浄します。
- 酸化膜の除去:はんだ付け直前にパッドの酸化状態を確認し、必要であればプレクリーニングを行います。
ステップ2:プリティニング(予備はんだ)
部品を実装する前に、部品のリード線にあらかじめはんだをコーティングする工程です。
- 目的:部品のリード線には、酸化防止のために金メッキやスズメッキが施されていることが多いですが、金ははんだの中に溶け込むと「金脆化(きんぜいか)」を引き起こし、接合部を脆くします。
- 処理:はんだ槽にリード線を浸し、既存のメッキをはんだで置換します。この際、はんだ槽の不純物濃度も厳格に管理されます。
ステップ3:リード成形と仮固定
ステップ2で解説した「ストレスリリーフ」を作る工程です。
- 専用工具の使用:リード線に傷がつくと、そこからクラックが発生するため、傷をつけない専用の成形治具を使用します。
- クリアランスの確保:部品本体と基板の間に一定の隙間(クリアランス)を設けます。これは、洗浄液が入り込んで残留するのを防ぐため、また熱膨張時の逃げ道を作るためです。
ステップ4:はんだ付け作業(手はんだ・リフロー)
宇宙用基板でも一部自動化されていますが、重要な箇所は依然として手はんだが行われます。
- 温度管理:はんだごての温度は±5℃以内の精度で管理されます。
- フラックスの制限:腐食の原因となるため、酸性の強いフラックスは禁止されています。ロジン系(R型)または弱活性ロジン系(RMA型)のみが使用可能です。
- はんだ付け時間:部品への熱損傷を避けるため、一箇所あたりの加熱時間は通常2〜3秒以内と厳格に定められています。
ステップ5:洗浄と超高精度検査
はんだ付けが終わった後、フラックスの残渣を完全に除去します。
- イオン汚染測定:洗浄後の基板を試験液に浸し、液の電気抵抗の変化から「どれだけ目に見えない汚れ(塩分など)が残っているか」を数値化します。
- 顕微鏡検査:10倍から40倍の顕微鏡を用い、全箇所を検査員が目視で確認します。気泡(ボイド)、はんだのツノ、濡れ不良が一つでもあれば不合格です。
- コンフォーマルコーティング:最後に、湿気や塵から回路を保護するため、特殊な樹脂(ウレタンやシリコンなど)で基板全体をコーティングします。
4. 最新の技術トレンドや将来性:宇宙用はんだ付けの変革
伝統的な「鉛入り共晶はんだ」を重視してきた宇宙業界も、新たな課題に直面しています。
4-1. 鉛フリー化への挑戦と評価
地球環境への配慮や、民生用部品(すでに鉛フリー化されている)の採用拡大に伴い、宇宙でも鉛フリーはんだの使用が検討され始めています。
- コンステレーション衛星の普及:SpaceXのStarlinkのような、数百・数千機の小型衛星を低コストで打ち上げるプロジェクトでは、従来の過剰なまでの宇宙品質基準を緩和し、民生用技術をどこまで取り入れられるかの実証が進んでいます。
- 耐熱・耐震特性の再評価:Sn-Ag-Cu系はんだの宇宙環境における経年劣化データが蓄積されつつあり、特定の条件下での使用が許可され始めています。
4-2. 自動検査システム(AOI)とAIの導入
これまでは熟練の検査員が数日かけて行っていた目視検査を、高解像度カメラとAIで自動化する動きがあります。
- 3D測定技術:はんだの盛り上がり量をミクロン単位で3D計測し、JAXA/NASA基準への適合性を瞬時に判定します。
- X線検査の高度化:積層基板やBGA(ボール・グリッド・アレイ)などの裏側にある接合部を、非破壊で詳細に解析するCTスキャン技術が導入されています。
4-3. 3Dプリント回路と埋め込み技術
従来の「基板の上に部品を載せる」という構造から、筐体そのものに回路を印刷したり、部品を基板の内部に埋め込んだりする技術も研究されています。これにより、はんだ付け箇所そのものを減らし、振動破壊のリスクを根本から取り除くことが期待されています。
5. よくある質問(FAQ)
Q1:なぜJAXAやNASAは、IPC Class 3(高信頼性製品用)よりも厳しいのですか?
A:IPC Class 3は医療機器や航空機など「故障が人命に関わるが、修理は可能」な機器を想定しています。
一方、宇宙用は「修理が100%不可能」という前提があるため、Class 3に加えて、アウトガス対策や特定の材料制限(金脆化対策など)が追加された「Class 3 Space」というさらに上位の区分が必要になるのです。
Q2:一般のはんだ付け技能者が宇宙用基板を焼くことはできますか?
A:技術的には可能かもしれませんが、資格制度上は認められません。
JAXAやNASAのプロジェクトに参画するには、指定の講習を受け、試験に合格して「認定作業者」としての資格を保持している必要があります。
また、この資格は数年ごとの更新が義務付けられており、常に最新の基準を維持することが求められます。
Q3:はんだ付けに「光沢」がないと不合格になりますか?
A:宇宙用で使われる共晶はんだ(Sn63/Pb37)は、本来非常に強い光沢を持ちます。
光沢がない(曇っている)状態は、過加熱や冷却中の振動、不純物の混入を示唆するため、原則として不合格または再加工の対象となります。
ただし、鉛フリーはんだの場合は組成上、元から光沢が控えめなため、組成に応じた判断がなされます。
Q4:人工衛星にハンダ吸い取り線を使っても良いですか?
A:修正作業などで使用することは可能ですが、吸い取り線の編み目に含まれるフラックスが基板に飛散したり、細かな銅の破片が基板に残ったりするリスクがあるため、使用後の洗浄と検査は通常の実装以上に厳格に行われます。
まとめ
宇宙品質のはんだ付けは、単なる工作技術ではなく、材料工学、熱力学、信頼性工学が高度に融合した「科学」です。
- 徹底したストレス管理:熱膨張を逃がすためのリード成形が必須。
- 材料の厳選:ウィスカを防ぐための鉛入りはんだの継続使用。
- プロセスの透明性:洗浄度測定から全数顕微鏡検査まで、一切の妥協を許さない検証。
これらの基準は一見過剰に思えるかもしれませんが、暗黒で過酷な宇宙空間で、私たちの生活を支える通信や気象観測を維持するためには欠かせない技術の結晶です。
地上向けの製品であっても、こうした宇宙品質の考え方(特にストレスリリーフや清浄度の管理)を取り入れることで、圧倒的な信頼性を持つ製品開発が可能になります。
今回の解説を通じて、宇宙品質の奥深さを感じていただけたでしょうか。





