
「フィジカルAI」という言葉を、ニュースで目にする機会が増えました。
生成AIの次の主役として語られることも多いこのキーワードですが、実際にどの半導体が恩恵を受けるのか、具体的にイメージできている方は多くありません。
この記事では、フィジカルAIの定義を整理したうえで、GPU・MCU・センサーという3つの半導体市場それぞれについて、伸びている企業と技術動向を具体的に解説します。
期待先行の情報ではなく、公表データと業界動向に基づいた、実務で使える内容を目指しました。
半導体業界の動きを追う投資家の方にも、事業企画やエンジニアの方にも、判断材料として役立つはずです。
フィジカルAIとは何か 生成AIとの違いから理解する
フィジカルAIの定義 現実世界を動かすAI
フィジカルAIとは、AIが現実世界にあるロボットや機械を自律的に制御し、実際の作業を代行する技術を指します。
文章や画像を生成する従来の生成AIが「デジタル空間」で完結するのに対し、フィジカルAIは工場の製造ライン、物流倉庫、家庭内など「物理空間」で結果を出す点が根本的に異なります。
日本経済新聞は、フィジカルAIを「人工知能(AI)が機械やロボットなど実体のある機器を自律的に制御する技術」と定義し、文章や画像などコンテンツを生成する生成AIと異なり、現実世界のモノを動かし作業を代行するものだと説明しています。
つまりフィジカルAIとは、AIの出力先が「画面の中」から「現実の物理世界」へと広がった技術だと理解しておくと、以降の話が整理しやすくなります。
生成AI(デジタルAI)とフィジカルAIは何が違うのか
両者の違いは、扱うデータの性質と、求められる処理速度にあります。
生成AIはインターネット上の大規模なテキストや画像データを学習すればある程度の汎用性を獲得できますが、フィジカルAIは工場の摩耗や発熱、圧力といった現実世界特有の物理データや、現場の暗黙知までも学習する必要があります。
さらに、ロボットが人とぶつからずに動くためには、遅延なく現実世界の情報を処理できるAI基盤が不可欠です。
日本経済新聞の解説でも、フィジカルAIの実現には現実世界の情報を遅延なく高速で処理できるAI基盤が求められるとされており、これは通常のクラウド生成AIとは異なる、エッジ側でのリアルタイム推論性能が重視される理由でもあります。
この「現場データ」と「リアルタイム性」という2つの制約こそが、後述するGPU・MCU・センサーそれぞれの半導体に、独自の進化を促しているポイントです。
なぜ今フィジカルAIが注目されているのか
2026年に入り、フィジカルAIへの注目度は一段と高まっています。
その象徴が、NVIDIAのCESにおけるメッセージの変化です。
2025年のCESでNVIDIAはロボットをメインテーマに据え未来を語りましたが、2026年1月のCESでは自動運転プラットフォームを大々的に紹介し、ジェンスン・フアンCEOは10年以内に自動運転車が世界中を走り回るようになると発言しています。
EE Times Japanはこの変化について、AIが本格的に普及するためには自動運転やロボットなど特定用途向けのフィジカルAIの台頭が不可欠であり、AI推進の第一人者であるNVIDIAがCESでフィジカルAIを熱く語ること自体に意味があると分析しています。
生成AIというデジタル領域での投資が一巡しつつある中、次の成長エンジンとして現実世界を動かすフィジカルAIに関心が集まっているというのが、2026年時点での業界の空気感だと言えるでしょう。
フィジカルAI市場の規模と成長スピード
各社が試算する世界市場規模
フィジカルAI市場は、複数の調査機関がいずれも大幅な成長を見込んでいます。
インドの調査会社サービコーン・コンサルティングは、フィジカルAIの世界市場が2034年には2025年比で13倍の約685億ドル、日本円で約11兆円に達すると予測しています。
米モルガン・スタンレーも、本命視されるヒト型ロボットだけで2050年に10億台以上が使われるとの見方を示しました。
一方で日本の内閣府・経済産業省によるAI・半導体WGの試算では、自動運転を除いた定義でフィジカルAIの世界市場が2035年に約12.5兆円、2040年には約55.0兆円に拡大するとされ、年平均成長率は34.4%と見積もられています。
調査主体によって前提条件や定義が異なるため数字にはばらつきがありますが、複数の独立した試算がいずれも年率30%を超える高成長を見込んでいる点は、押さえておくべき事実です。
ヒューマノイドロボット出荷台数の急拡大
市場規模の予測だけでなく、実際の出荷台数の伸びを見ると、フィジカルAIの立ち上がりの速さがより具体的に分かります。
矢野経済研究所の調査によると、2025年の世界ヒューマノイドロボット市場規模はメーカー出荷台数ベースで前年比647.9%増の16,580台と推計されており、2026年にはさらに前年比492.7%増の81,690台になると見込まれています。
地域別では中国が台数ベースで84.8%を占めて市場を主導しており、政府主導の産業育成政策のもとで参入企業は200社以上に達しています。
前年比の伸び率自体は647.9%から492.7%へとやや鈍化していますが、これは分母が小さい立ち上がり期特有の現象であり、絶対数としては依然として爆発的な増加が続いていると捉えるのが妥当です。
日本市場については参入企業が少なく、研究・試験導入が中心で、2025年時点の出荷は84台にとどまっている点も、海外との差として認識しておく必要があります。
日本政府の後押しと産業戦略
フィジカルAIは、日本の産業政策においても重点分野として位置づけられています。
経済産業省はAI半導体・デジタル産業戦略の改定にあたり、フィジカルAIを重点分野に据える方針を示しており、内閣府・経済産業省が公表した資料では、web上のデータを大規模に学習する「規模」の競争から、現場データを最大限活用して物理的な現場へ実装していく「統合力」の競争へと、AI開発競争のゲームチェンジが起きつつあると指摘されています。
工場や物流、建設、医療・介護、防災といった現場データやノウハウ、そしてそれを支えるアナログ・レガシー半導体の設計・製造基盤は、日本がこれまでの産業活動の中で培ってきた強みだとも位置づけられています。
PwC Japanグループも、政策的な支援のもと1兆円規模の半導体・AI基盤モデルへの投資が進む中で、フィジカルAIの産業エコシステムづくりが今後数年で進展する見通しを示しています。
生成AIの分野で存在感を示しきれなかった日本にとって、現場のものづくりデータとレガシー半導体の基盤を強みにできるフィジカルAIは、数少ない巻き返しの機会として位置づけられていると言えるでしょう。
フィジカルAIで存在感を増すGPU半導体市場

ロボットの頭脳を担うNVIDIA Jetson Thor
GPU市場でフィジカルAI向けの主役となっているのが、NVIDIAのJetson Thorです。
ロボットが人間と同じ空間でリアルタイムに判断し行動するには、大規模な視覚言語アクションモデルをクラウドに頼らずエッジ側で高速に処理できる演算性能が欠かせません。
Jetson Thorは、Blackwell GPUと128GBのメモリを搭載し、最大2070 FP4 TFLOPSのAI演算性能を130Wの電力枠内で発揮します。
NVIDIA公式サイトによれば、従来のJetson AGX Orinと比較してAI性能は最大7.5倍、エネルギー効率は3.5倍向上しており、大規模言語モデルではLlama 3.3 70Bで12.64トークン毎秒、Qwen3-32Bで79.1トークン毎秒という推論速度を実現しています。
Isaac GR00Tなどヒューマノイド向けAIモデルへの対応や、センサーフュージョン用の豊富なI/Oを備えている点も、既存のロボットプラットフォームへの組み込みやすさにつながっています。
量産期をにらんだJetson Thor T3000/T2000
高性能なフラッグシップモデルに加えて、量産を見据えた廉価モデルの投入も進んでいます。
ロボットが研究開発段階から実際の量産・現場導入の段階へ移行するにつれ、性能だけでなくコストと消費電力を抑えた製品への需要が高まるのは自然な流れです。
NVIDIAは新たにJetson Thor T3000とT2000を発表しました。
T3000はフラッグシップであるT5000のおよそ半分のサイズと電力でFP4演算性能865 TFLOPSを実現し、消費電力はT5000の130Wに対し70Wに抑えられています。
ADLINK、Advantech、AAEON、Connect Tech、Seeed Studioなど15社以上のパートナーがThor搭載ソリューションの提供を開始しており、開発者は既存のJetson AGX Thor開発者キット上でT3000/T2000の性能をエミュレートしながら開発を先行できる体制が整いつつあります。
フラッグシップで性能の限界を示し、廉価モデルで量産のコスト構造を作るという二段構えの戦略は、GPU市場がすでに「研究開発フェーズ」から「実装フェーズ」へ移行し始めていることの表れだと見ることができます。
Qualcommが仕掛けるDragonwing IQ10という対抗軸
GPU市場はNVIDIAの独走ではなく、複数のプレーヤーが競合する構図になりつつあります。
自動車やモバイル向けSoCで培った低消費電力設計の技術は、バッテリー駆動が前提となるロボット向け半導体において大きな強みになります。
Qualcommは2026年1月のCESで、家庭用ロボットから大型ヒューマノイドまでを支えるロボティクス技術群を発表し、その中核として最新のロボティクス向けプロセッサDragonwing IQ10シリーズを投入しました。
同社はAdvantech、Figure、Kuka Robotics、Robotec.aiなど複数の企業とエコシステムを構築しており、なかでもヒューマノイド開発企業のFigureとは次世代のコンピュートアーキテクチャを共同で定義していく提携を結んでいます。
安全性を担保したSoCプラットフォーム上で、知覚から動作計画、実行までを一気通貫で処理できる汎用ロボティクスアーキテクチャという打ち出し方は、NVIDIAの高性能路線に対して電力効率とスケーラビリティで対抗する構図になっていると言えます。
GPU市場で押さえておきたい視点
GPU市場を見るうえで実務上注意したいのは、単純な演算性能の比較だけでは製品選定を誤りやすいという点です。
演算性能の数字はカタログスペックとして分かりやすい一方、実機に搭載する際に効いてくるのは消費電力あたりの性能、つまり電力効率とコストです。
現に、NVIDIAがT5000(130W)に加えてT3000(70W)を投入し、Qualcommが電力効率を前面に打ち出しているのは、いずれも量産ロボットではバッテリー容量と発熱管理が実用性を左右する制約になるためです。
GPU単価の高騰リスクも見逃せません。
業界では、NVIDIA製GPUの単価について2024年のヒット商品H100が3万から3万5千ドル、2025年のヒット商品GB200が6万から7万ドル程度と推定されており、単価上昇に対する牽制としてGoogleが開発したAI半導体をMetaが購入するなど、大手テック企業による半導体の内製化の動きも出始めています。
フィジカルAI向けGPUを評価する際は、TFLOPSの数字だけでなく、消費電力・実装サイズ・供給価格の3点をセットで見る視点が欠かせません。
現場を支えるMCU半導体市場
なぜロボットにはGPUだけでなくMCUが必要なのか
ロボットの制御には、高性能なGPUに加えて、低消費電力かつ低遅延で動くMCU(マイクロコントローラ)が不可欠です。
GPUが担うのは画像認識や言語理解といった重い推論処理ですが、モーターの回転数を安全な範囲に保ったり、転倒しそうになった瞬間に姿勢を立て直したりといった、ミリ秒単位でのリアルタイム制御はMCU側の役割です。
仮にこうした制御をすべてクラウドやGPU任せにしてしまうと、通信や処理の遅延がそのまま事故のリスクに直結しかねません。
STマイクロエレクトロニクスは「TECHNO-FRONTIER 2026」において、カメラで捉えた人の姿勢をロボットが再現するデモを披露しましたが、このデモでは撮影した画像を外部のコンピュータやクラウドに送信せず、システム内で処理する構成が取られていました。
GPUが「考える」役割を担い、MCUが「即座に動かし、安全を守る」役割を担うという分業関係こそが、フィジカルAIのハードウェア構成を理解するうえでの基本になります。
ルネサスとSTマイクロが争うAI内蔵MCU
MCU市場では、AI推論をチップ単体で完結させる「NPU内蔵MCU」の開発競争が激化しています。
クラウドに接続できない、あるいは接続すべきでない現場でAIを動かすには、MCU自体に軽量な推論エンジンを持たせる必要があるためです。
ルネサスエレクトロニクスは、不揮発性メモリにMRAMを採用したArmマイコンとして2025年7月にRA8P1グループを発売し、同年10月には第3弾のRA8D2グループと第4弾のRA8M2グループを発売しました。
対するSTマイクロエレクトロニクスは、STM32シリーズにAI推論エンジンX-CUBE-AIを提供し、STM32N6やSTM32MP2など専用のAIアクセラレーションを備えたマイコン、さらにtinyML開発ツールチェーンを統合したST Edge AI Suiteによって、ローエンドMCUでもAI処理を実現できる開発環境を整えています。
ルネサスのエンベデッドプロセッシング事業部門の担当者によると、エッジAI関連の相談は2021から2022年ごろは「AIに少し興味がある」という段階が多かったのに対し、現在は具体的にやりたいことが決まっているケースが大幅に増えており、特にモーターや家電向けの相談が多いといいます。
この変化は、MCU市場における顧客の関心が「AIを使ってみたい」という探索段階から、「AIをどう実装するか」という実装段階へ移りつつあることを示しています。
MicrochipやInfineon、NXPの動き
AI内蔵MCU市場の競争は、ルネサスとSTマイクロの2社間にとどまりません。
Microchip Technologyは2026年2月に、シリコン・ソフトウェア・ツールを一体提供するフルスタックのエッジAIソリューションを発表しました。
InfineonやNXPも、画像認識や生成AIをMCUに組み込む方向で開発環境の強化を進めています。
各社に共通しているのは、機械学習の専門知識がなくてもAIを組み込み機器に展開できるエコシステムを提供しようとしている点であり、これは組み込みエンジニアにとってAI活用のハードルが大幅に下がりつつあることを意味しています。
MCU市場で押さえておきたい視点
MCU市場を見るうえでの実践上の注意点は、GPU市場のような派手な性能競争とは評価軸が異なるという点です。
MCUの価値は最先端の演算性能ではなく、限られた電力とコストの中でどこまで安定してリアルタイム制御を実現できるかにあります。
そのため、この市場では「1ドル前後の低価格帯マイコンでもエッジAIが動く」という方向性が重要なトレンドになっており、性能競争よりもむしろ低価格帯への機能の民主化が進んでいる点に注目すべきです。
投資や事業提携の観点でMCUメーカーを評価する際は、フラッグシップ製品のスペックだけでなく、量産価格帯の製品にAI機能がどこまで下りてきているかを確認することをおすすめします。
ロボットの五感を作るセンサー半導体市場
視覚を担うイメージセンサーとLiDAR
ロボットが周囲の環境を認識するうえで、視覚センサーは最も重要な情報源のひとつです。
視覚情報の取得方式は、カメラによる画像認識とLiDARによる距離計測という、大きく2つのアプローチに分かれます。
実際の製品を見ると、Tesla Optimusはカメラ8台を搭載しLiDARを使わない構成を採用しているのに対し、Unitree G1はカメラに加えて3D LiDARを搭載するなど、メーカーによって設計思想が異なります。
LiDARは暗所でも高精度な距離計測ができる一方でコストが高く、カメラとAIの組み合わせは低コストでテクスチャ認識にも優れるという特性があり、2026年時点ではカメラ+AI方式が主流になりつつある傾向が見られます。
イメージセンサー市場では、ソニーセミコンダクタソリューションズが金額ベースのシェアで既に過半を占めており、2024年の53%から2025年には56%への上昇を目指し、数年後には60%達成を狙う方針を示しています。
同社は2026年春に、ロボットやドローンへの搭載を想定した高い測距性能と小型軽量を両立するLiDARデプスセンサーAS-DT1の発売も予定しており、イメージセンサーとLiDARの両輪でロボット向け市場を狙う姿勢がうかがえます。
さらにソニーは三菱電機との合弁で、ソニーの画像センサーとエッジAI技術に三菱電機のFA制御技術を組み合わせた新会社Advanced Vision Solutionsを2026年10月に立ち上げる計画も進めており、視覚センサーはハードウェア単体の競争から制御技術まで含めたソリューション競争へと移行しつつあります。
触覚・力覚センサーが家庭用ロボットの鍵になる理由
視覚センサーが「見る」機能を担うのに対し、触覚・力覚センサーはロボットが物をつかんだり、人と安全に接触したりするために欠かせない「触れる」機能を担っています。
産業用ロボットであれば決められた動作を繰り返すだけで十分でしたが、家庭やオフィスといった非定型な環境で人と共存するロボットには、対象物の硬さや滑りやすさを検知し、力加減を細かく調整する能力が求められます。
ヒューマノイドロボットには主にカメラ、LiDAR、触覚センサー、力覚・トルクセンサー、IMU、マイクといった複数のセンサーが搭載されており、なかでも触覚センサーは把持力の制御に直結する重要な部品です。
一例として、Figure 03では3グラム単位という繊細な力の変化を検知できる触覚センサーが搭載されており、この高感度化が家庭用途への展開を後押しする要因のひとつになっています。
卵を割らずにつかむ、人の手を優しく支えるといった動作は、視覚情報だけでは実現できず、触覚センサーの精度向上があってはじめて現実的になる点は、意外と見落とされがちなポイントです。
姿勢を支えるIMUとセンサーフュージョン
ロボットが二足歩行でバランスを保つためには、IMU(慣性計測装置)による姿勢検知が欠かせません。
IMUは加速度や角速度を検知するセンサーで、ロボットが転倒しそうになった瞬間を捉え、姿勢を立て直す制御のトリガーになります。
ただし、IMU単体の情報だけでは不十分で、実際にはカメラやLiDAR、力覚センサーなど複数のセンサー情報をリアルタイムに統合するセンサーフュージョンが必要になります。
NVIDIAのJetson ThorがHoloscan Sensor Bridgeなど高速センサーデータの取り込み機能を強化しているのも、GPU側がこうした複数センサー情報の統合処理を担う必要があるためです。
センサーの種類が増えるほど認識精度は高まりますが、同時に処理すべきデータ量と消費電力も増えるため、センサー選定はGPU・MCU側の演算リソースとのバランスを見ながら設計する必要があります。
センサー市場で押さえておきたい視点
センサー市場を評価する際に見落としてはいけないのが、単体センサーの性能競争だけでなく「どのセンサーを組み合わせるか」という設計思想そのものが差別化要因になっている点です。
Tesla Optimusのカメラのみの構成と、Unitree G1のカメラ+LiDAR構成という2つの異なるアプローチが並存している現状は、フィジカルAIのセンサー戦略にまだ唯一の正解が存在しないことを示しています。
コスト重視であればカメラ+AI方式、悪環境下での信頼性を重視するのであればLiDAR併用というように、用途に応じた最適解が異なる点を理解したうえで、各社の製品戦略を見ていく視点が実務上は有効です。
見落とされがちなパワー半導体の重要性
SiCとGaNがロボットの筋肉を支える
GPU・MCU・センサーの3分野に比べて話題になりにくいものの、ロボットの関節やアクチュエータを実際に動かすモーターを駆動するパワー半導体も、フィジカルAIを支える重要な部品です。
ロボットの可動部が増えるほどモーター駆動回路の数も増え、限られたバッテリー容量の中で電力変換の損失を抑えることが、稼働時間や発熱管理に直結します。
次世代パワー半導体であるSiC(シリコンカーバイド)とGaN(窒化ガリウム)は、従来のシリコン素材に比べて高耐圧・高効率・高周波という特性を持っています。
バリガ性能指数という素材の適性を示す指標で比較すると、GaNは930、SiCは500とされ、GaNの方がより高電圧の電力を低損失かつ高周波で動作させる能力に優れる一方、SiCは大口径基板の製造技術で優位に立っているとされています。
用途による使い分けも進んでおり、SiCはEVのインバータや鉄道、産業機器など数キロワット以上の高耐圧・大電流用途に適し、GaNはより高周波かつ比較的小型な電源・インバータ用途に向いているとされます。
パワー半導体は日本企業の国際競争力が維持されている数少ない半導体ビジネスのひとつで、世界市場シェアのトップ10には三菱電機、富士電機、東芝、ルネサスエレクトロニクス、ロームの5社が名を連ねています。
アクチュエータ設計の実務上の注意点
ロボット向けアクチュエータの設計では、モーター単体の性能だけでなく、駆動用パワー半導体と電流センサーを含めたシステム全体での最適化が求められます。
高速でスイッチングするSiCやGaNのパワーデバイスは電力変換効率に優れる一方、大電流を高速かつ正確に検知できる電流センサーと組み合わせなければ、その性能を活かしきれません。
GPUやセンサーの高性能化ばかりに注目が集まりがちですが、実際にロボットを一日中稼働させ続けられるかどうかは、こうした地味なパワー半導体まわりの設計が左右しているというのが、部材選定の現場でしばしば指摘されるポイントです。
フィジカルAI関連の技術・銘柄を見る際の実践的な注意点
期待先行のリスクをどう見極めるか
フィジカルAI関連の情報を評価する際にまず意識すべきなのは、市場予測の数字が調査機関によって大きく異なるという事実です。
本記事で紹介した通り、2034年時点の市場規模ひとつをとっても、約11兆円という民間調査機関の試算があれば、自動運転を除く2040年時点で約55兆円という政府試算もあり、前提条件次第で数字は大きく変わります。
複数の予測を並べて見たときに共通しているのは「年率30%を超える高成長が続く」という方向性であり、個別の金額そのものよりも、この成長トレンドの一貫性に注目する方が実務上は有用です。
サプライチェーンの分散と部材調達リスク
台湾の大手後工程受託企業ASEは、フィジカルAIの台頭によって半導体パッケージ技術の競争軸が変化し始めていると指摘しており、ロボットなどフィジカルAIの半導体搭載先としての規模はデータセンターをもしのぐ可能性があるとの見方を示しています。
これは裏を返せば、GPUとHBMを高密度に接続する現行のデータセンター向けパッケージ技術だけでは、フィジカルAI向けの光電融合やセンサー統合といった新しい実装要件に対応しきれない可能性があるということでもあります。
半導体サプライチェーンの多角化が進む中で、特定の企業や国に部材調達が集中している分野については、供給リスクとして意識しておく必要があります。
量産時期の見極め方 2030年という節目
フィジカルAI関連の技術や企業を評価するうえで、実務上もっとも重要なのが量産のタイミングを見誤らないことです。
経済産業省の資料では、ヒューマノイドを中心とする多用途ロボットの世界市場は2030年頃を境に急拡大し、2040年までに約60兆円規模に達すると見込まれています。
この「2030年頃を境に急拡大」という表現は、裏を返せば2026年から2029年ごろまでは市場が本格的に立ち上がる前の準備期間であるという認識を示しています。
実際、矢野経済研究所のデータでもヒューマノイドロボットの世界出荷台数は2025年時点でまだ1万台台にとどまっており、量産効果によるコスト低減や、実証段階から現場適用段階への移行はこれからが本番だと捉えるのが妥当です。
短期的な株価や話題性だけで判断するのではなく、GPU・MCU・センサーそれぞれの技術がどの成熟度にあるのか、そして量産モデルへの移行がどこまで進んでいるのかを、時間軸を持って見極める視点が欠かせません。
まとめ フィジカルAI半導体市場の全体像
フィジカルAIとは、AIが現実世界のロボットや機械を自律的に制御し、実際の作業を代行する技術であり、デジタル空間で完結する生成AIとは性質が異なります。
この技術を支える半導体市場は、GPU・MCU・センサー・パワー半導体という複数の分野が、それぞれ異なる役割を担いながら同時並行で進化しています。
GPUはNVIDIA Jetson ThorとQualcomm Dragonwingを軸に、性能競争から電力効率とコストを重視した量産期の競争へと移りつつあります。
MCUはルネサスとSTマイクロを中心に、AI推論機能の低価格帯への民主化が進んでいます。
センサーはソニーセミコンダクタソリューションズを筆頭に、視覚・触覚・姿勢という複数の知覚をどう組み合わせるかという設計思想の競争が続いています。
そしてパワー半導体は、こうした華やかな技術を実際に長時間動かし続けるための、地味ながら欠かせない土台としての役割を担っています。
複数の調査機関が年率30%を超える高成長を見込む一方、本格的な市場拡大は2030年前後がひとつの節目になると見られており、期待と現実のタイムラインを分けて捉えることが、フィジカルAI半導体市場を見るうえでの実践的な視点になります。
よくある質問(FAQ)
フィジカルAIと生成AIは何が違うのですか?
生成AIは文章や画像などのコンテンツをデジタル空間で生成する技術であるのに対し、フィジカルAIはロボットや機械など実体のある機器を自律的に制御し、現実世界で作業を代行する技術です。
求められるデータの性質や処理速度の要件も異なり、フィジカルAIでは現場の物理データとリアルタイム処理性能がより重視されます。
フィジカルAI向け半導体で今後特に伸びる分野はどこですか?
GPU、MCU、センサー、パワー半導体のいずれも成長が見込まれていますが、なかでもロボットの量産が本格化する過程では、高性能なフラッグシップGPUよりも、消費電力とコストを抑えた廉価モデルや、AI推論機能を搭載した低価格帯MCUへの需要拡大が見込まれます。
個人投資家がフィジカルAI関連銘柄を見る際の注意点は?
市場予測の数字は調査機関によって大きく異なるため、特定の予測値を鵜呑みにせず、複数の予測に共通する成長トレンドの方向性を確認することが重要です。
また、話題性の高いフラッグシップ製品だけでなく、量産モデルへの移行状況やサプライチェーン上のリスクも合わせて確認することをおすすめします。
なお、この記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄への投資を推奨するものではありません。
投資判断は、ご自身の責任において行っていただきますようお願いいたします。
ヒューマノイドロボットの本格普及はいつ頃と見られていますか?
経済産業省の資料では、多用途ロボット市場は2030年頃を境に急拡大すると見込まれており、2026年から2029年ごろまでは市場が本格的に立ち上がる前の準備期間にあたると考えられます。
矢野経済研究所の調査でも、2025年時点の世界出荷台数はまだ1万台台にとどまっており、本格的な量産効果はこれから表れてくる段階です。
日本企業はフィジカルAI半導体市場でどのようなポジションにありますか?
日本はGPUのような最先端ロジック半導体では存在感が限定的ですが、パワー半導体の分野では三菱電機、富士電機、東芝、ルネサスエレクトロニクス、ロームが世界シェアトップ10に入るなど強みを持っています。
またソニーセミコンダクタソリューションズはイメージセンサー市場で世界シェア過半を占めており、経済産業省もフィジカルAIを重点分野に位置づけ、現場データとレガシー半導体基盤という日本の強みを活かす産業戦略を進めています。













